人と自然と建築と

nonobe's diaryーArchitect Message

Vol.129「endless thema - 124」(16年09月)

 

--------九月 白露/日々のくらし・・・ 粋々

 

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アローニャの実

 

カマツカの実が熟している。
なかでもセイヨウカマツカのアローニャと呼ばれているアロニア・メラノカルパで、大きくなると3メートルほどに成長する。
果実はジャムや果実酒などにも使われポリフェノールアントシアニンなどが豊富に含まれている。
アローニャでも赤い実は食用にならず主に観賞用である。
我家の裏庭に置いた鉢植えは小さいながらも少しだけ果実となった。
鳥に食べられる前にどんな味かかじってみることに。
なるほど微かな甘みがあるがかなり渋い。
決して美味しいとは言えなかったが、樹木が成長し大きくなってくれば美味しさも増してくるかもしれない。

 

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朝日新聞の切り抜き

 

中国大陸から偏西風に乗ってくる飛来物質のことをマンスリーホットライン2014年2月号に少し書いたが、朝日新聞の7月21日の科学欄の「ミチをひらく」に金沢大理工研究域准教授の牧輝弥さんの研究のことが掲載されていたので今回書き留めておくことにした。
牧さんは、大気中を漂う細菌やウイルスなどの生物粒子「バイオエアロゾル」が健康に与える被害に興味を持ち、大気中の微生物研究を9年前から始めたそうだ。

中国大陸から飛来した黄砂にくっついて微生物もやって来る。
黄砂は微生物の「空飛ぶ箱船」だそうだ。

***

「病気を起こす病原菌かどうかはわからないですが、このような菌が未知の病気と関連していないか解明したいです。また、ヤケイロタケというキノコの一種も見つかりました。マウスにヤケイロタケと黄砂を同時に与えた場合、黄砂のみの場合に比べてアレルギー症状が10倍以上も悪化しました。」

「一方で、空を飛んでいる微生物は、無害なものが圧倒的に多いことも我々の研究で明らかになってきました。能登半島上空で採取した黄砂から大豆を発酵させる納豆菌が見つかりました。試しに研究室の圧力釜で大豆を蒸し、この菌をかけて発酵させると、納豆が出来ました。地元の納豆会社にお願いして商品化を実現し、12年から『そらなっとう』として地元で販売しています。」

微生物が人体に与える影響や近隣国など各地で広範囲にいろいろな方法で黄砂を集め観測することで微生物の詳しい飛来ルートなど、越境の実態を解明することが目的であると。

「DNAを解読する装置が飛躍的に進歩し、希少種も多く見つかっています。データが蓄積されれば、微生物の種類から、どこから飛来したかわかるようになります。微生物の組み合わせによって大気の複雑な流れがわかり、天気予報の精度向上にできるかもしれません。微生物の研究は従来、土壌や海洋が対象でしたが、『空の生態系』を明らかにしたいと思っています。」

***

・・・以上朝日新聞「ミチをひらく」より抜粋。
さらなる研究成果には幅広い分野でのますますの展開の可能性があるに違いないだろう。
それと「そらなっとう」は食べてみたい気がしてならない。

 

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巨峰

 

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九角オクラ

 

先月の二十一日には町内の地蔵盆が行なわれた。
来年はうちの組の当番と言うことで荷物の受け渡しがあった。
丁度、夏風邪のようなアレルギーのような、私も大気浮遊物によるアレルギーかどうかは別にして、咳と鼻水がつづきしんどいころ、愛知県の半田に住む友人から季節のうれしい便りが届いた。
今年の露地物の巨峰は太陽のめぐみもふんだんに受けたようで甘みとジュウシイさは喉を潤すのに最適だ。 温暖な気候の大府の巨峰を皮ごと頬張る。
新町通のこだわりの八百屋さんで、妻がスターオブデビットというイスラエルの伝統野菜をみつけた。
普通のオクラは星形の角が五つだがこれは九角のオクラだ。
普段見かけるオクラの数倍はある。ふっくらと大きく少し硬め。
オイルで炒めガーリック風味の塩とコショウで味付け。
夜空にきらめく星座は美しく輝きを増し高くみえ始めると、夏もそろそろ終りに近づく。
今月二十二日の秋分には昼と夜の長さが同じになる。
もうしばらくは残暑がつづくが、直にふとしたことで秋の気配を感じるようになる。
日陰はここちよい風を運んできてくれることだろう。

 

*****

 

Vol.128「endless thema - 123」(16年08月)

 

--------八月/立秋そして処暑

 

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観賞用トウガラシのパープルフラッシュ

 

裏庭に置いた観賞用のトウガラシはパープルフラッシュという。
風通しの良い日のあたるところに置いている。
グラデーションのように、クリーム色、薄緑、薄紫、紫、黒紫の葉をつけている。
葉色にちかい黒紫色の実が出来、熟すにつれて赤みがかって来る。
根が浅いので薄い鉢でも水きれさえ注意すれば充分育つ。
観賞用といってもトウガラシはトウガラシ、実をさわった後は気をつけたほうがいい。

 

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御神輿の一部を掲げ歩く

 

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御神輿の衆

 

先月、祇園祭りの前祭の山鉾巡行のあった日の夕刻前に、寺町通りにあるギャラリーで知人のグループ展があり覗いてきた。
丁度、寺町通りを行く白い法被を着た衆たちに出くわした。
聞く所によると、神輿渡御を事前に神様に御知らせする予行みたいなもので御神輿の一部だろうか頭の上に掲げて通って行った。
この後、八坂神社の御祭神であるスサノヲノミコト、クシイナダヒメノミコト、ヤハシラノミコガミがそれぞれ三基の御神輿に移り、八坂神社から四条寺町の御旅所まで氏子区内の別々の道を廻る。
神様が御帰りになる二十四日には後祭りの山鉾巡行が行なわれ、夜半には八坂神社本殿に戻られ祇園祭は終了する。

山鉾巡行は神様が御出になるのに行なわれる。
神の使いの稚児が注連縄を太刀で切り結界を解き、神域のなかを邪気や疫病をもたらす疫神を鎮めるため山や鉾が街を廻る。
そのあと、清められた街中に神様は御出になり、御旅所に一週間滞在される。
御帰りになるときも山鉾が先に街を廻りそのあと御神輿に移った神様がお帰りになる。
古式にのっとり、数年前から後祭りの山鉾巡行も行なわれることになり、八坂神社の祭事は本来に戻った。

祇園祭も終わり暑さも真っさ中。
立秋を過ぎれば、季節の挨拶状は暑中見舞いから残暑見舞いとなる。
昭和二十年八月十五日の正午は、昭和天皇による「終戦詔書」の朗読放送の流れた日である。
暑さとともに、野坂昭如原作のスタジオジブリ制作によるアニメーション「火垂るの墓」を思い出す。
持っていき場のないどうしようもないつらさと悲しみで心痛む作品であるが、純粋で無垢な心も描いた美しさも記憶に残る。

 

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ギンミズヒキ

 

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ジュズサンゴ

 

鉢植えのミズヒキは今だ芽も出ていないが、石積みの間に育つギンミズヒキは適度の湿度がいいのか居心地がいのか、驚くほどの早咲きだ。
鉢植えのジュズサンゴは小さな白い花も咲き、実も出来始めている。
一穂に実と花が同時にできる不思議な花だ。
実も熟し秋を感じるころから葉は赤みがかって来る。

 

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ユウレイグモ

 

十六日には五山の送り火が行なわれ、京都の暑い夏の祭事も一段落となる。
窓際にはユウレイグモがお散歩だろうか、それともお昼ご飯を物色中か。
暑い最中しばらく休憩していたようだが、気がつくとどこかに行ってしまっていた。
今夏はラニーニャ現象で暑い日々がつづく。
今月二十三日は処暑。暦の上では暑さも和らぐ。
もう一息、秋の気配が待ち遠しい。

 

*****

 

Vol.127「endless thema - 122」(16年07月)

 

--------七月/白南風・・・日々のくらし

 

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フウチソウ

 

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アゲハチョウの若齢幼虫

 

玄関先に置いたフウチソウが風に揺れている。風知草と書く。
見つけるのが難しい程の穂のような花は、秋風を感じる頃になると咲き始める。
先月号に登場したアゲハチョウの幼虫はどこにいったのか。
うまく蛹となり巣だっていったのか心配である。
レモンの木の葉っぱにはまた新たに数匹の幼虫が生まれていた。
若齢のときはいがいがした茶色をしているが、四五回脱皮を繰り返すうちに緑色した幼虫になってくる。 夏の日差しは南からの風を運んで来る。
木陰を横切る白南風 (shirahae) もうれしい季節になった。

 

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サラダそら豆ファーベ

 

旬の遠のいたそら豆だが、生でも食べられるファーベというサラダそら豆は少し青臭い気もするが甘みはある。
サヤは湯がいてチーズに挟んで焼くとうまい。
ついでに、そら豆はしっとりタイプとほくほくタイプがある。
早い目の収穫のしっとりタイプは一分半から二分湯がくのがベストとか。
見分け方は豆の肩の凹みが黒くなるとほくほくになる。
黒くなるのは豆が栄養を補給している柄がはずれ酸化するからだそうだ。
この柄は栄養満点になると自然にはずれるらしい。実に自然は巧く出来ている。
サヤを剥いて柄が外れていたらほくほくタイプで三分ゆでるのがベストらしい。
私は皮ごと食べるが、皮の甘みは身の1.5倍あるそうだ。
ちなみにポルフェノールも皮のほうが多いらしい。
サヤの合わせ目の部分が黒ずんでいると、ほくほくタイプになるそうだ。
普通のそら豆のサヤのワタの部分も美味いらしい。
ワタの多いしっとりタイプのほうをサヤごと焼く。とろっとして甘くなるのだそうだ。
豆はそのまま食べ、とろっとしたわたをスプーンでほじって食べる。お試しあれ。
(6月8日放送 NHK ためしてがってんより)

梅雨時に繁殖するのがカビだ。
一般的にカビは気温20℃から25℃で湿度65%以上のときに繁殖し易い。
特に浴室廻りは黒カビが多い。
浴室洗いはざらつきを洗い流し水気を拭き取り、換気扇を廻しながらサーキュレーターで二〜三時間乾かし、カビがなるべく表面に定着しずらい環境にしておく。
水気を拭き取った後は一〜三ヶ月に一度のわりで目地や入り隅や排水溝蓋などに消毒用アルコールをスプレーしておく。
ウチではこれだけだが繁殖は抑えられる。
6月14日の「NHK ためしてがってん」で、黒カビの撲滅作戦を放映していた。
室内は低温や乾燥ではなく65℃の熱風でほぼいけるらしいが難しいので、浴室などは50℃の温水を5秒間、一週間に一度程度当てると表面のカビは死滅する。
そして50℃で90秒間あてれば目地の内部0.2mm〜0.3mmに繁殖したカビも死滅するそうだ。
表面に残った黒ずみは目地シールなどで補修しておく。
「予防は週一 50℃ 5秒、退治は50℃ 90秒」 が目安である。
「日々のメンテが一番、建物の維持管理は早めに!」といったところだろうか。

 

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イラガ

 

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センリョウの蕾と花

 

奄美地方は先月中旬に梅雨明けした。
このころに吹く季節風を沖縄では真南風(マハエ)と呼ぶ。
白い砂浜や夏のまばゆいばかりの日差しと重なりあう。
今朝、昨夜の雨で濡れた羽根を乾かしているのか、イラガが網戸に止まっていた。
日も暮れるころまでじっとしていたが、知らぬ間にいなくなってしまった。
前庭のセンリョウの花が咲いている。
朱色がかった赤い実の成るセンリョウだが、一見、見過ごしそうな実のような小さな花は、淡い黄色い蕾からはじけるように頭の黒い白色の丸い花が咲く。
今年も沢山の実が成ることだろう。

世界遺産・糺ノ森に計画された倉庫の行政訴訟が行なわれると報道された。
ふと、マンション建設のほうの騒動はどうなったのかと思いを馳せる。
計画地に隣接して点在する巨大なコンクリートの近代建築や決して伝統的とは言いがたい建物や劣悪とも思える建物も肩を並べ視野を横切る。
周辺の緩衝地帯に建つ建物のことを先に批評し、それにふさわしい整備を促し、その上で論ずる経緯が望ましかったのではないかと思える。
世界遺産としての糺ノ森のバッファゾーンにはこれはダメだろうとも思える建物や構造物その他も点在している。
視線に入るものはその整備もふまえ、糺ノ森から穏やかに町並みへとつづいていく風景が望まれる。

 

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Vol.126「endless thema - 121」(16年06月)

 

--------六月/初夏

 

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レモンの花

 

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アゲハチョウの幼虫

 

少しづつ居場所に馴染んできたレモンの蕾は暖かさにさそわれ咲いている。
食べかけの葉っぱの先にはアゲハチョウの幼虫も大きくなってきた。
アゲハチョウの幼虫は柑橘系の葉っぱを好む。
生まれたての幼虫は黒っぽい焦茶色をしているが、新緑の青葉を頬張りつづけ、大きくなるにつれて葉色になってくる。
背中の黒い縞模様はその名残かどうかは不明だが、巣立って行くのが楽しみである。

 

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ル・コルビジェのインドとHOME vol.02

 

東京上野にある国立西洋美術館が今年七月に世界遺産に登録されると報道された。
国立西洋美術館ル・コルビュジェ/1887-1965 の日本では唯一の建築である。
コルビュジェの図面をもとに門下生であった前川國男、坂倉順三、吉阪隆正が図面のまとめと監理を行なった。
アーメダバードの美術館同様に「無限に成長する美術館」というコンセプトに基き計画され、後にチャンディーガルの美術館でもこのコンセプトが採用されている。
空間構成上窓が採れないため、内部空間はトップライトやサイドライトを多用した自然光のある空間で計画されている。
1951年、コルビュジェは65歳のときに、独立間もないインド政府からの要望でチャンディーガルの都市に望んだ。
サヴォワ邸/1931 に代表される近代建築の5原則である自由な平面、自由な立面、水平連続窓、ピロティー、屋上庭園やドミノと呼ばれる床スラブを直接柱で支える構造の提案そしてモデュロールで知られているコルビジェだがチャンディーガルという異空間と呼んでいいのか別世界のような街を作り上げた。
インドの持つ特異性を機能させる空間は時代とともに定着している。
シンプルで美しい近代建築とは別のもうひとつのコルビュジェ、と言うよりチャンディーガルの建築群にコルビュジェの進化をみるようだ。
同年代のコルビュジェの代表作でもあるフランス東部ロンシャン地方の丘の上に建つロンシャンの礼拝堂 /1955 はチャンディーガルで創り続けた建築を彷彿させる魂の建築である。

言うまでもなくこの巨匠も小住宅を創るのがうまい。
なかでもコルビジェが妻の為に建てたちいさくて楽しいマルタンの休暇小屋/1951 や、穏やかな午後のひとときのような空気を感じるスイスのレマン湖の畔に建つ両親のために創られた「小さな家」/1924 は優しく創られている。
「小さな家」は鉄筋コンクリート造でありながら驚く程の細長い窓から見える風景や日差し、庭の片隅にある大木の下には高い塀があり湖をながめるためにあけられたピクチャーウインドウのような窓とテーブル。
そして小高いところに猫しか行けないキャットウォークがありその先にある湖の見える小さな猫の為の小さな物見台。
また、母親の愛犬が通りを見るための小さな窓など、コルビュジェの優しさそのものである。
巨匠ル・コルュビジェから学びそして得ることはあまりにも沢山有りすぎる。
機会があるごとに触れていこうと考えている。


【資料】
ル・コルビュジェのインド/彰国社 2005.6
Le Corbusier as Primitive Design/エクスナレッジ HOME vol.02
ル・コルビュジェの全住宅/2001年東京大学工学部建築学安藤忠雄研究室 編
住宅巡礼/中村好文 新潮社
ku:nel vol.18/マガジンハウス
ユリイカ臨時増刊 総特集 ル・コルビュジェ青土社
建築文化 ル・コルビュジェ百科 no.651/彰国社

 

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ユキノシタ

 

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ハクチョウゲ

 

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ハツユキカズラ

 

前庭の窓先の木陰にはユキノシタが咲いている。
毎年少しづつ群をなしてきた。生け垣を抜ける爽やかな風に気持が良さそうだ。
お隣さん側に顔を出しているハクチョウゲも元気がいい。
陽当たりは悪いが生け垣の狭間から小さな花びらが顔をだしている。
石積みの間に植えたハツユキカズラも咲いている。
風車のような花びらは初夏の風が吹くたび、今にも廻り出しそうにみえる。

 

*****

 

Vol.125「endless thema - 120」(16年05月)

 

--------五月/初夏へとゆきあう

 

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のらぼう菜

 

のらぼう菜と言う野菜が届いた。
飢饉を救った野菜ということで、あきる野市の子生神社には「野良坊菜の碑」があり、江戸時代中期に領主が栽培を奨励し天明天保の大飢饉に人々の命を救ったことが刻まれている。
アブラナ科で菜の花のようにトウ立ちした部分を摘み取って食べる「かき菜」の一種。
(らでぃしゅぼーやのチラシより)空き瓶にいれ水に浸してみた。
菜の花のような、蕾と同じ黄色の花が咲く。

 

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はるか桜

 

ことしは桜の開花が例年に比べ早かったようだ。
先月26日には日本列島最終の開花となる札幌や室蘭でも一週間以上も早く咲き始めたとニュースで聞いた。
京都府庁旧本館(バックナンバー 2014年4月号、2014年5月号)に容保桜(かたもりさくら)を観にいった。
毎年催されている観桜祭も終り間もない頃、葉桜になりかけの花びらの舞うころを見計らったのだが時季遅しだった。
京都府庁旧本館の正面を入って中庭の右手奥には昨年はなかった「はるか桜」という八重桜が加わっていた。
観桜祭のパンフレットには「NHK大河ドラマに因み綾瀬はるかさんが命名された新種の桜。
福島県から復興を応援するシンボルとして寄贈されました。」とある。
かろうじてしなやかな花が数輪残っていた。

 

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ツグミ

 

舞った花びらは春色の絨毯となり、葉桜となった桜もまたうつくしい。
寒い地域に帰って行く途中だろうかツグミが桜の木の下で動き回っては止まり、また跳ねるように動いている。
黒い目尻に褐色がかった羽根と胸から脇に黒い斑点模様で二十センチほどの大きさだ。
中庭には、中央にある円山公園の初代しだれ桜の孫にあたる祇園しだれ桜。
向かって右奥の八重桜のはるか桜と中庭では一番遅くまで咲いている紅八重しだれ桜。
右手前の小輪で淡紅色をした紅一重しだれ桜。
左手前の花びらが五つに分かれた白または微紅色の大島桜が二本と幕末の京都守護職松平容保にちなんで命名された容保桜と六種見られる。
京都府庁旧本館観桜祭のパンフレットより。)

 

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紫明会館の桜の古木

 

少し開花が遅れる京都府立植物園の北大路から北山までの賀茂川沿いの半木の路には枝垂れ桜が植えられている。
今年はずいぶんと長く咲いていた。桜の花びらの舞う晩春の風景はこころ惹かれる。
去年の11月号に書いた紫明通にある紫明会舘の古木の桜も咲き誇っていた。
今年もいろいろな桜を観ることが出来た。
紫明通の中央にある紫明せせらぎ公園も少しづつ夏色に変わりつつ有る。
もうそんな季節になった。

 

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カレリアパイ

 

今日は初夏を思わす清々しい日。のんびりした休日の遅い目の朝食だ。
北欧パンのキートス(バックナンバー 2006年 9月号)のカレリアパイ。
正確にはカリャランピーラッカというフィンランドのカレリア地方の伝統料理である。
薄くのばしたライ麦の生地に、ミルク粥を包み焼き上げてある。
これに溶かしたバターをきざんだゆでたまごにまぜたムナボイというものをのせる。
オーブントースターで焼くとライ麦のこうばしい香りがなんともいい。
うちではオーブントースターで軽く焼きムナボイをのせる。
キートスは坊城通の四条を北へ、公園を超えたあたりに右手に見える。
フィンランドの国旗とブルーが目印。

 

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ホウチャクソウ

 

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シラユキゲシとミヤコワスレ

 

裏庭のあちこちで勢力を伸ばしているホウチャクソウはアスパラのような芽が出ていたが、あっという間に大きくなり花も白くなった。
軒先に吊るされたの風鐸のように、初夏の風にそよぎ静かに揺れ始める。
塀際のシラユキゲシも、朝のさわやかな風になびいている。
ネギ坊主のような蕾も沢山出ている。そのあいだからミヤコワスレも咲いている。
晩春と初夏がゆきかい、暖かさから木陰がうれしい季節へと移りゆく。

 

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Vol.124「endless thema - 119」(16年04月)

 

--------四月/長閑にうららかおだやかに

 

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クリスマスローズ

 

今か今かと首をもたげていた鉢植えのクリスマスローズも突然のように咲き始めた。
春のうららかな日差しに呼応しているかのようなクリスマスローズは少しうつむき加減にはにかむように咲いている。
鏡をまえに髭をカットしながら、以前に心理学者の植木理恵さんは「ナルシシストは芸術家に必要な資質である。」と、そして環境学者の武田邦彦さんは「辛いところから逃げるのが正しい人間の生き方。」とおっしゃっているのを思いだした。
なかなか興味深い言葉である。
ちなみに髪はカットが面倒で見苦しいほどに伸びると切羽詰まり小綺麗に整えるている。
髭も同じ。と言いつつも、気にしつつ今日も整える日々である。

視線の広がる空間に一台の車が置かれたTVのCFのラストのシーン。
コンクリート打ち放しのフォルムの美しい建物の残像が残る。
ルイス・I・カーン(1901–1974)設計のソーク生物学研究所(カリフォルニア USA /1950ー1965)である。
打ち放しのコンクリートの建物は中央の広場を挟んでシンメトリックに配置されている。
オーク材などの木質系で構成された窓廻りとコンクリートコントラストはカリフォルニアの青い空を一層際立て、美しい風景を造り出している。
カスケードと呼ばれる水路が有るだけの広場には大きく深く呼吸をしたくなるような風が吹き抜ける。

映画「マイ・アーキテクト( MY ARCHITECT/A Son's Journey)」を思い出し、パンフレットを捲ってみた。
ソーク生物学研究所は小児ワクチンの発明で知られるジョナス・ソーク博士の設立した施設であり、「ソーク博士は、研究者たちが同じ場所で同じ時間を過ごしていることを自然に感じ取れる修道院のような中庭と回廊をもつ空間の実現をカーンに求めた。」
そして「メキシコの建築家ルイス・バラガンの助言を得て、植栽のないドライな広場として残された中庭にはカスケード(水路)がひかれた。」※2。
バラガンは「空へのファサード」※1という言葉を贈っている。

広場とカスケードは、私の学生のときのエスキースの課題の記憶も重なる。
お茶の水校舎に移行し間もない、まだカーンとソーク研究所のことも知識にないときの私自身でもある。
元気にしてくれる学生時代の記憶である。

世界的な建築家はみな小住宅を創るのも巧い。
同じくカーンも小住宅を創るのは巧い。
なかでも、オーク材をふんだんに使ったフィラデルフィア郊外ハットボーローに建つフィッシャー邸(1950ー1957)や窓から差し込むグレアーの程よいチェストナット・ヒルに建つエシェリック邸(1959−1961)は素晴らしい。
どんな建物でも住まいと呼んだカーンは長く使い続けていける数々の魅了する空間を造り出した。
耳を傾け、絶え間のない情熱をかけつづけることの偉大さを学ぶ。

 

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マイ・アーキテクトのパンフとLouis I. Kahn Houses

 

写真の書籍は見開きが建築家 齋藤裕氏の美しい写真と文で綴られた
「Louis I. Kahn Houses/ルイス・カーンの全住宅1940−1974」(写真・著/齋藤裕 2003年 TOTO出版)※1、下に見えるのが映画マイ・アーキテクトのパンフレット※2である。

 

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八重のツバキ

 

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ジンチョウゲ

 

裏庭に置いた八重のツバキは先月中頃に開いた。
我が家には珍しい春色の花びらは幾重にも重なり花やかだ。
その重なり合う花びらは時間をかけ少しづつ開花する。
ツバキと思えないほどの花やいだ姿をしている。
前庭のマイペースなジンチョウゲも沢山の花をつけた。
小さな花が沢山寄り集まって白い花帽子のようである。
開けた窓からは馥郁しい香りとともに季節も届けてくれる。
先月二十三日には、京都でも桜の開花宣言が発表された。
春の暖かい日差しと花曇りのなか白い花びらは舞う。
何とも言えぬ春先のけだるいアンニュイさが好きである。

 

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Vol.123「endless thema - 118」(16年03月)

 

--------三月/早春淡々淡

 

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バイモユリ

 

立春から一ヶ月余が過ぎた。
時折早春らしい日差しも感じられるようになったが、裏庭はまだ冬の名残がつづいている。
エビネは一月末の氷点下で鉢に残った雪が凍りつき葉の痛みが目立つ。
植木棚に置いた一粒だけ残ったヤブコウジは冬色の葉々のまま暖かくなるのを待っている。
少し前に新町通りの花屋さんでみつけたバイモユリは部屋のあたたかさからか、まだ少し早いのに蕾は育ち次々と咲いている。
バイモユリはユリ科の植物で、和名を貝母 baimoまたは編笠百合 amigasayuri と呼ばれ、寒さには平気だが高温多湿が苦手な夏休みタイプ。
細い葉の先がカールしてチャーミングだ。

先月三日の節分の日、朝日新聞の連載300回目となった鷲田清一氏のコラム「折々のことば」に、梅原猛氏の「福は内 鬼も内」が紹介されていた。
創るということは内から突き上げてくるものに身を開いておくことで、一種の鬼を自分の中に持っていなければ優れた仕事はできない…というようなことが書かれていた。
内にある鬼は自らのエネルギーを造り出す源なのかもしれない。
そして自らの内面を映し出した分身だろう。

 

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先賢の佇まいは興味深い

 

時折ぺらぺらと捲っている「京が残す/先賢の住まい」前久夫著/京都新聞社という書籍がある。
明治以降から昭和五十年前後の京の先賢の住まいが紹介されている。
創作活動の基盤となる佇まいが造り出さす風景は興味深い。
なかに大正十三年に建てられた本野精吾(1882ー1994)の自宅も紹介されている。
著名な先賢の立派な住まいが多い中、コンパクトで機能的な住まいである。
本野精吾はドイツに留学した際、ペーター・ベーレンスの影響を受けた建築家である。
中村式鉄筋コンクリートブロック造を用いた京都北区の等持院に位置する住まいは、当時中村鎮の考案したばかりの新しい構造をいち早く取り入れている。
素地そのままのシンプルで端正な外観と外部空間は時を重ねるごとに美しい風景をも創り出しているようだが、建物周囲の空間はもう少しオープンで日が差し込み、芝生に反射した光が眩しい、そんなイメージにも思える。
当時はまだモダニズムと評される時代ではなく、模索のなかで様式化していく近代建築が息吹いている。
築90年余の歳月とともに佇んできた空間は錆びることはない。

建築家でもある中村鎮 ( nakamura mamoru/1890ー1933 ) が開発した中村式鉄筋コンクリートブロック造はL字型やF字型の定型ブロックを用い、型枠を兼ね、柱となる部分に鉄筋を配しコンクリートを打設する。
空洞部には設備関係の配管が可能で断熱効果を高めるための諸材を詰めたと聞く。
また、中村式コンクリートブロックは、スラブにも箱形に組合わせたブロックを打ち込み軽量化をも提案している。

本野精吾の手がけた建物は、京都市考古資料館 ( 旧 西陣織物舘 1915 )、自邸 ( 1924 )、栗原邸 ( 旧 鶴巻邸 1929 )、京都工芸繊維大学3号館 ( 旧 京都高等工芸学校本館 1930 ) が現存し、うち住宅二棟に中村式鉄筋コンクリートブロック造が用いられている。
本野精吾についてはINAXレポートのNO.171でも紹介されている。
本野精吾は建築とその教育の枠を超え、舞台や船舶のデザイン、インテリアや家具、グラフィックや装飾に至まで幅広いデザインにも関わりつづけた。

 

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白花のクリスマスローズ

 

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紫色から咲くクリスマスローズ

 

今年も早、啓蟄そして春分を迎える。
冬眠していた虫が地面から顔を出し始める時季は暦の上だが、うきうきと待遠しくなるような心持ちを表している。
白花のクリスマスローズの蕾が首をもたげている。
四色植えのクリスマスローズの鉢はもう紫の花が開き他の色の蕾も大きくなってきた。
その鉢の近くには種がこぼれ地面からもクリスマスローズの葉が出ている。
こぼれた花は何色になるのだろうか楽しみである。
少しづつ光や空気は変わり、春の匂いがしてくる。

 

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