人と自然と建築と

nonobe's diaryーArchitect Message

Vol.5「endless thema -2」(06年5月)

-------PowerBook5300c

創刊号をだしたばかりなのに、もう次の原稿を書き初めている。
・・・と言うよりは、メモ帳代わりにMacのPowerBook5300cという
ノート型パソコンを机の脇に置いている。
このPowerBook5300cという機種は、かなりの旧型パソコンであるが、
Appleのノート型パソコンでは初めてパワーPCの搭載された機種である。
以前はこのPowerBook5300cで、CADを使い図面も書いていたこともある。
最近の機種に比べ処理能力は劣るが、非常にシンプルで使いやすいし、
液晶もTFT採用でなかなか手放せないでいる相棒である。
もちろん、液晶モニターが10.4インチということもあり
コンパクトで邪魔にならないので、
片隅に置いて思いついたことをメモっているのである。

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-------昔人のメッセージ

昨年一昨年と、滋賀県坂本の延暦寺の里坊の建造物の調査に参加する機会に恵まれた。
坂本の町並は、穴太衆積み(あのうしゅうづみ)と呼ばれる
石垣が美しい景観をかもしだしている。
穴太衆積みというのは、表面を加工していない自然の石をそのまま積む手法で、
自然がおりなす美しい表情を作り出している。
特に、里坊地区を横切っている日吉馬場の通りに面しての里坊には、
日吉大社の参道に至までの間、少しずつ登りながらの穴太衆積みの
美しい石垣がつづいているのに目を奪われる。

 

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日吉馬場通りの穴太衆積み

 

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穴太衆積み

 

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穴太衆積み

 

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穴太衆積み


また、里坊とは、比叡山延暦寺で修行した僧侶たちの隠居のための住まい、
つまり隠居坊のことである。これらの里坊には、客殿が付属したと言うよりは、
庫裡が付属した客殿といったような立派な里坊もあれば、
御堂が併設されている里坊、そして質素なくらしの場としての里坊、
と言ったようにさまざまな形態の里坊が混在している。

今回行った調査は里坊以外に、その関連建物、
寺務所、寺社、社家が一件、などを調査した。
そのほとんどが江戸期に建造されたものらしいので、
かれこれ300年ぐらいは軽く経っている計算になる。
昔人の智恵というのはさすがにすごい。
その智恵に敬服しながら全部で50件あまり担当し、
後半(昨年度)には、滋賀院門跡の書院、庫裡、客殿、土蔵と一連の建物を調査した。
手入れや保存の良さもさることながら、
どの建物もその美しいプロポーションとディテールや
イデアなどその感性には驚かされる。
古い建物を見る機会が幾多とあるが、いつもながら昔人から学ぶものは数々あり、
こうした Works は私の人生にとって貴重な経験となっていることは、
間違いのないところであろう。

我々は、昔人から受け取ったメッセージを大切に保管し、後世に伝える義務がある。
そして、後、数百年経ってもなお変わらぬ姿が存続することを望む限りである。

 

 

-------蜜蝋(みつろう)ワックス

最近、なかなか使いやすい蜜蝋ワックスを見つけた。
蜜蝋とは、蜂の巣箱からはみ出たまだ蜜のつまっていない
むだ巣と呼ばれるものからつくるのである。
この蜜蝋ワックスの成分は蜜蝋とえごまオイルだけでつくられた
少し固練で合板にも使えるしろものである。
私の事務所で使っている扉部分の多い本棚は、
図面を引いて家具屋さんに造ってもらったものである。
ちょっときれいな洋風の板目の和桜の合板を張り、
当時チークオイルなるものを自分で塗ったのだが、
このワックスを見つけてからもう一度そのうえに塗ってみた。
これがまた具合がよいのである。まさに自然のツヤである。

 

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和桜の本棚


もちろんこのワックスは、合板だけでなく無垢材にも塗れるのだ。
自宅で使っているハンスウエグナーのYチェアーという椅子がある。
もう随分と使っているのでちょっと色が焼けている。
この無垢材で造られた椅子にもこのワックスを塗ってみたのだが、
これがまたしっとりとした感じで、少し焼けた感じがより一層美しくなったではないか。
それではと、築不詳のわが家(第4回参照)の二階の和室の床の間の
もう艶のなくなってしまっている床板と地板と棚板にも、と思い塗ってみたのだが、
なるほどなるほど、美しさが蘇ってきたではないか。
何というか、木の万能薬とでも言ったらいいのだろうか。
とりわけ、自分で塗るから余計にそう思うのだろう。
そんなわけで、いろいろと試し塗りなどをして、
ひとり悦に入っているこの頃である。

 

 

-------S氏の診療所

私の友人で千葉県の佐原市に歯科診療所を構えるS氏がいる。
S氏は同じ大学の同期である。
もちろん私は建築学科であり、彼は歯科であったが、
下宿が同じということから、もうかれこれ30年近い付き合いになる。
腐れ縁という言い方もいいかもしれない。
そのS氏の診療所を15年ほど前に手がけた。

敷地は、国道沿いではあるが300m程北には一級河川の広大な利根川が流れ、
広々とした印象は澄んだ空気を感じる。
左下の写真 は現在のものであるが、
右下の竣工当時の写真と比べていただければ、
なるほどその成長ぶりがよく解って頂けることと思う。

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竣工時当時の診療所

 

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最近のS氏の診療所

 


夏ヅタという、つる状の落葉植物を植えたのだが、この夏ヅタが成長し、
待合室の外壁から1メートルほどの距離にある、
スリットのあいた高さ3メートル600のコンクリートの壁にうまく絡んできている。
この夏ヅタの壁は、西側になる待合室を夏の日差しからさえぎり、
こもれびとして待合室の窓に写る。
このこもれびは、秋口から少しづつ色づきはじめ秋が深まるにつれ、
まっ赤に染まった夏ヅタの美しい色彩が待合室を埋め尽くしてくれる。
そして、冬も深まるにつれ真っ赤に染まった夏ヅタは落葉し、
あたたかい日差しを屋内に運んでくれる。
待合室から診療所の扉を開けると、
緩やかなカーブで視線をはこんでくれる壁がある。
その壁の先には窓があり、小さな庭に視線が導かれる。
この小さな庭にまで達した緩やかにカーブした壁と、その小さな庭を取り囲むように、
もう一方からもコンクリートの壁が取り囲んでいる。
このコンクリートの壁に陽があたり、
その反射でこの小さな庭が明るくみえ、穏やかに室内を照らしている。
また、この診療所のスタッフは、夏ヅタの壁を右に見ながら
外部から直接スタッフルームに入ることができる。
スタッフルームの入り口の先には、
院長室のピクチャーウィンドウの絵にもなる庭があり、
常緑の霧島つつじのなかに金木犀を植えてある。

少し専門的な話にはなるが、平屋建て一部屋根裏ルーム付のこの診療所は、
内外ともにコンクリートの化粧打放しという仕上がりで出来ており、
セパレーターの化粧木コンは縦も横も基本は@227.5の倍数、
つまり8本/枚で均等に割り付けてあるので木コンは縦横等ピッチである。
もちろんパラペット天端までの高さは横使いのコンパネ4枚分で、
コンクリートは基礎天から打ち継ぎなしの一回で打ち上げてある。
交差するセパレーターは化粧とし、その位置は常に一定している。
等ピッチの規律正しい割り付けと、コンクリートのテクスチャーが
端正な美しさを作り上げていると思っている。
また、壁式ではあるが、薄肉ラーメン構造を想わせる4本の壁フレームの連続性、
フレームから少しずれた空間、そのフレームを貫通する曲率を持つ壁、
フラットルーフに敷き詰めた砂利の中から浮かび上がっているピラミッド状の屋根、
壁のうえにのせた薄いスティールの庇のディテール、
そして、室内に時刻を刻むサイドライトの明かり、
いろいろな建築的手法を埋め込んだこの小さな箱は、
クライアントでもあるS氏のこの建物に対する思いやりと心づかい、
そしてコンクリート化粧打放しということへの理解のおかげで、
今もなお、美しく成長をしつづけている。

かすかな甘いかおりと紅葉が、この診療所を訪れる患者さんやいろいろな人たちの気持ちを、
一層和ませてくれることを
思い浮かべながら図面を引いていたのを思い出す。



 

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