人と自然と建築と

nonobe's diaryーArchitect Message

Vol.21「endless thema - 16」(07年9月)

 

-------河文/水かがみの間・・・谷口吉郎1904~1979

 

少し時期はずれの話から始まるが、実家が名古屋なので帰省の際、
毎年初詣には氏神さんの浅間神社にお参りしたあと那古野神社に行く。
然程遠くもなく歩いていける距離でもありぶらぶら歩いていく。
帰りもまたぶらぶらとそしてうろうろとしながら帰ってくるのだが、
途中、那古野神社の近くに毎度外から眺めていた建物がある。
料亭「河文」である。
建築家谷口吉郎の晩年(1972年)の秀作「水かがみの間」がある。

 

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●形状や間隔の異なる連続した線が、面を変え共鳴していく。

 

一度見てみたいと思っていたのだが、
思い立って先立て帰省の際に食事がてら見に行ってきた。
事前に見学希望の旨をお願いしてあったからか、食事を頂いた部屋は、
池をはさんで水かがみの間が見える部屋を用意していただいた。
心遣いがうれしい。

谷口吉郎はこの後すぐ赤坂の
迎賓館和風別館(1974年)を設計している。
谷口吉郎の作品集などでは水かがみの間の一部だけで
全部を紹介されていないのが残念だ。
と言うのも、既設の廊下を曲がった瞬間に
美しい縦長のプロポーションを持つ障子が目に映る。
天井いっぱいの開口部を覆う幅広の竪桟の障子。
腰で区切られた上下の比率は
広間の障子の横桟と同じ位置に設けられている。
池に接しながら雁行していくこの渡り廊下をいくと、
「水鏡の間」とかかれた名札が掛けられている。

 

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●渡り廊下の縦線の連続性。

 

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●アクリル製の扉。とにかく美しいです。

 

まず入り口の扉の斬新さとその美しさに驚く。
親子扉が設けられているのだが、
写真では分かりづらいが、透けるような素材
(布のようにも思えるが、多分木材を薄くスライスしたものだと思う。)
がアクリル材でサンドイッチされている。
手をかざすと向こうが透けているのがよくわかる。
取手はアルミの削りだしである。これを見るだけでも来た甲斐がある。

入ってすぐのロビーには、谷口吉郎がよく用いた藤を巻いた
背もたれのあるベンチや目隠しスクリーンと足元に藤が巻かれた支柱。
先の雁行した渡り廊下の出隅のディテールなどさすがに巧い。
収まりにくい部分は無理をせず、
さりげなく自然に見せるようつくられている。

 

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このロビーから広縁そして次の間、広間へとつづく。
図面(参考文献:「谷口吉郎の世界」建築文化9月号別冊1997年)では
窓際の柱型を含めた幅1メートルほどが
板敷きのように描かれているが、
ロビーから広縁へとカーペットが敷きつめられている。
そして、コンクリートの柱型の存在感を
イメージさせないようにしたかったのではと思わせる柱型の両側には、
厚さ一寸程の無垢の一枚板が張られている。

次の間と広間のさかいの細かい格子の欄間からは
掛け込み天井がつづいていく様が格子ごしにうっすらと見え美しい。
天井の竿縁と掛け込みの下がり部分の照明BOXの格子、
天井の埋め込みの照明BOXの格子が面を変え連続していくさまは
優美で適度に緊張感があり古さを感じさせない
質の高さに感嘆させられる。

 

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●縁の柱型。幅二尺ちょっとはあったと思う。

 

迎賓館和風別館との違いは、床が正面にある水かがみの間、
向かって左手に床のある迎賓館では天井の竿の方向が違い、
迎賓館では天井の照明BOXと直角に竿が連続して通っている。
そのために迎賓館ではこの欄間の格子がなく
開放された形式をとっているものと思われる。

よく建築は建築史を学ぶ事から始まるともいわれる。
私はその点失格だが、
最近流行の一連のルーバー建築も原点を探れば・・・。
また、オリジナルな照明器具の数々も谷口吉郎の空間を演出している。

 

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●石舞台のほか池だけの何もない空間。「清らかな」を求めてやまなかった建築家谷口吉郎
静寂なかがやきが私の心に残った。

 

庭の池に眼をやると、池の水がとても澄み切って美しく思える。
それは多分、池のなかに張られた薄緑がかった青色の石のいろのためだろう。
静まりかえった気配と美しい水のいろ、
水面のきらめく輝きは水かがみという言葉どおりの印象であった。

また季節のよい日に訪れてみたい。
勿論、美味い料理とお酒を少しいただきたい。(2007.8)

 

 ●写真はすべて筆者野々部隆雄による撮影。

 

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