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人と自然と建築と

nonobe's diary

Vol.31「endless thema - 26」(08年07月)

-------コンサート

六月二十一日に京都コンサートホールで行われた一音寺室内合奏団のコンサートを聴きにいった。
友人の誘いもあり、我が家では毎年の恒例となりつつある。

建物というものは、これからそこで行われるであろう光景に胸をいだきつつアプローチを歩む。
京都コンサートホール磯崎新氏設計のコンサートホールである。
アプローチはオープンでニュートラルな空気で包まれ、
エントランスはアイストップとならないスパイラル状のスロープをゆく。
スロープのためかゆったりそしてゆっくりと歩くこのエントランスはまさに今から始まる瞬間に
徐々にそして重なる想いをうかべながら少しづつホワイエにたどり着く。
建築的な具体的表現の好む好まざるは別として、空間的な構成に興味を覚える。
 
開演まじかの光景

 

コンサート専用ホールということもあり客席とプロセニアムと呼ばれる舞台との区切りがない。
正面である舞台の背面に設置された巨大なパイプオルガンの凛とした存在感には迫りくるものがあり、
フラットな天井と、舞台をぐるりととり囲むような2階席がレイアウトされている。
コンサートホールに多いいわゆるシューボックスと呼ばれる型式のホールである。
音響的にはいろいろ批評もあるが、私にとっては適度な臨場感がいい。
人それぞれ音というものの解釈や受け止め方の違いはある。
偉そうに言うつもりは毛頭ないが、本来、音は創り出すものであり、
いかに細やかにコントロールし創り出し得たかがコンサートの魅力でもある。

シューボックスという名の命名は近年らしい。
この型式の現存するなかで最っとも古いと言われるシンフォニーホール ハイドンザール(1700)は
一人当たりの体積が大きくかなり残響時間が長い(低音域2.8秒)と言われている。
また、ウイーンフィルの本拠であるムジークフェラインスザール(1869)は
美しく最高の音質を創り出せるホールと言われている。
現在、三大ホールと言われているのは、このジークフェラインスザールと
コンセントヘボウ(1888)それにボストンシンフォニーホール(1900)である。

 

 

うれしいことにホワイエには、アルコール類もいただけるような配慮があり、
クラッシックのコンサートではめずらしい。途中15分ほどの休憩で、
のどを潤す程度にいただける。毎年この時期に行われる一音寺室内合奏団のコンサートに
来るのは三度目で、いつもシャンパンをいただく。
毎回ゲストを迎えての演奏会で、この日の演奏は、ベートーベンの厳正で
無駄を許さない程の緊張感あふれる弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短調 作品95から始まり、
つづいてゲストを迎えてのモーツアルトクラリネット協奏曲の演奏であった。
前半最後の演奏がモーツアルトということもあり気持も爽々とし、
曲からくる音域の広いクラリネットの音色と軽やかでリズミカルな演奏で
きっと脳もアルファ波もすこぶる出していたに違いない。
その上シャンパンでさらに気分も上々となり、
後半のエルガーの弦楽セレナーデ ホ短調 作品20 で優しく始まり、
巌くつきのベートーベンの大フーガと呼ばれる 変ロ長調 作品133 でしめくくり、
大満足であった。勿論、2曲のアンコールと、たのしいひとときを過ごした。
休憩中のホワイエ。思い思いに楽しんでいる。
自宅が歩いて帰れる距離ということもあり、
帰りは府立植物園を左手にみながら
北山通りをぶらぶらと、余韻にひたりつつ、
足元も軽やかに家路についた。