読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人と自然と建築と

nonobe's diary

Vol.33「endless thema - 28」(08年09月)

-------京の夏

京の朝は、お~い、お~い、と唱えながら「お~さん」が通る。托鉢のお坊さんである。
季節もあるのだろうが、この夏お盆あけに久しぶりに聞こえた。遠くからでも聞こえる。
大きなとおる声で今日はふたつ違った声がしている。
修行なのだろう、寒い季節のほうが聞こえる機会が多い。
今朝は出来なかったが、お布施は懐紙に包み声が近づいてくるのを見計らって戸口まででる。
手を合わせると少し小走りに近くまでこられ、頭が地につくかのように礼をされる。
そして座り込むように頭陀袋を衣で前掛けのように広げられ、
そこにお布施を置くとスーと袋の中に入っていく。 街中でも意外とよく見かける光景である。
私には小さいころのこういった記憶はないのだが、何処かなつかしくも思うのは何故なのか。
不思議なここちである。

毎年夏の暑い最中、下鴨神社糺の森で「下鴨納涼古本まつり」が八月の十一日から十六日の
大文字の送り火までのあいだ催される。懲りずに毎年ぶらぶらとのぞきにいく。
知人の安田氏は家が近いといっては、必ずと言っていい程、毎日のようにうろついているらしい。
それもなにやら片手に気分上々で楽しんでいるのである。私は車で行く。
車で行くのは重い本を見つけたときのためでもある。
案の定、今年も重い本を見つけてしまった。それも五百円で。
世の中ネット時代で、たいがいのことはネットで入手できる。
とは言っても古本まつりはいつも大盛況である。なんだかんだと言っても本大好きって人は多い。
買う人。ただ見るだけの人。涼にくる人。
子供も若者も中年もお年寄りも、恋人同士も家族連れも。
本の入ったポリ袋を片手に、本の棚に見入っている。
京都。八月の中。暑さもすごければ湿気もすごい。
まして糺の森、蚊もいっぱい。
今年は例年に比べ暑さは随分とましだが、それでも汗を拭いながらの
本の背の活字を追うのは意味なく嬉し楽しのひととき。。

 

あっ、いたいた。
事前にメールで知らせてあったのだが、
今年も安田氏は例のごとく例の場所で過ごしている。

「こんにちは。」

「いや、どーもどーも。あっ、これ少しどう。」
と勧めてくれる。

「いや、僕は車で来ましたから、
 帰ってからゆっくり頂くことにします。」

「そーですね。」

 

今年もなんだかとても居心地良さそうにキトラ文庫のご主人と涼を楽しんでいる。
糺の森のなかは蝉の合唱で暑さも忘れそう。

今月は町内の地蔵盆もあり、京の夏はいろいろな行事と共に過ぎていく。
今夜は五山の送り火。少しづつ夏も終わりに近ずいていく。