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人と自然と建築と

nonobe's diary

Vol.55「endless thema - 50」(10年07月)

-------じとじと暑いです/煮干しの捌き方


夏至が過ぎまだまだゆっくりと長い夕暮れどきがつづく。
そしてじとじとと暑さも増してくる。
開放感なのか性格に合っているのか、何故か夕暮れときは楽しさがあり好きだ。
ヤブコウジの花が咲いている。つぼみのときはなおさら愛らしい。


葉は青青とした感はなく、いくらかのそれは次第に枯れたようになる。
ワビサビ的なものか、そこはかとない美しさである。
うすい桜色の小さな花は、じっ~と観ないと分からない程で、花が終わると実を結ぶ。
薄緑色となった実は秋が深まるにつれ深紅の実と成熟していく。
実はより赤く目立つ。小鳥がつばみ、糞を遠くへ落とし、そこでまた芽がでる。


暮らしにかかわるいくらかの事をシリーズとして、
ふぅ~んって思ってもらえることを願いつつ書いて来た。
‥‥‥で、当たり前の事かもしれませんが煮干しの捌き方です。


煮干し

煮干しは三つの部位に分類する。頭と身とはらわたの部分に分ける。
はらわたの部分は苦いのでこれは処分する。
頭はミキサーで粉砕する。身も荒めにミキサーに掛ける。
後は別々の瓶に入れストックしておく。


煮干しの頭

煮干しの身

煮干しのはらわた

とまあ話は簡単なのですが、作業は大変。大変と言うよりも単純作業を延々と行う。
特にはらわたの黒い部分は苦みが出るのでしっかりと取り省いておく。

区分けの途中、無意識に脳は違う命令をだすのか、分類がおかしくなることがある。
身が頭に入ってしまったり、はらわたが身の部分に入ってしまったりと。

そんなときは煮干しをそのままつまみ食い。
つまみ食いをすると脳はもとの思考に戻り、頭、身、はらわた、と場所を認識し直す。
つまりリセットである。

こんな事を繰り返しながら、黙々と手を動かしていく。
手間ひまかけてすればおいしいものが食べられる。
‥‥と女房に諭されながら、煮干しを捌く。

終わったときの適度な疲労感。
特別手や腕が疲れた訳はなく、やっぱり脳が疲れる。

あ~しんど。


煮干し完了

手間ひまかけて行う事で必然性は生まれる。
それは何でもそうだ。つぼに嵌って抜け出せなくなるくらい時間をかける。
過ぎる程の思考は、無駄になる事はない。
と、信じつつ‥‥‥。 でも、あ~しんど。