人と自然と建築と

nonobe's diary

Vol.62「endless thema - 57」(11年02月)

-------つらら/屋根神

 


つらら

今年は冷え込みが幾分きついような気がする。
今朝は前夜までの雪で窓の外は真っ白。
空だけ青い白い空間は透けるような澄んだ空気で気持がいい。
大きく深呼吸して肺の奥深くまで吸い込みたくなる。屋根の樋には大きなつらら。
陽が昇り、気温の上昇とともにぽたぽたぽたぽた溶けていく。


正月祭

正月に実家の氏神さまのある浅間神社に参拝に行った。
丁度、世話役の氏子さんたちに依る元旦祭が行われるところであった。
「お時間があれば、ご一緒にどうですか。」と、声をかけていただいた。
今までこんな機会に遇う事がなかったが、お言葉に甘えご一緒させていただくことにした。
新年早々からのうれしい出来事に元気をいただいた感じがした。

浅間神社は四間道(しけみち)と呼ばれる道幅四間程の道の中橋側にある。
正保四年(1647)に遷座され現在に至っているそうだ。
小さな神社だが境内には樹齢300年は超えるくすのきやケヤキがところ狭しと育っている。

今でもこの辺りは古い町並みが残り、四間道街道筋は町並み保存地区に指定されている。
ぶらぶらと町並みを散策しながら帰るのだが、屋根の上にはお社が建っているのが見られる。
名古屋独特の風習で「屋根神」が今でも残っている。

京都では町内を守るお地蔵さんが祀ってある小さなお堂がある。
お地蔵さんは地蔵菩薩であり仏様で建物は仏堂である。
名古屋の屋根神さまは名前の通り神様であり、お社は社殿である。



五条橋屋根神さま

「清須越」により名前とともに移築されたと聞く五条橋。
今では新たに架け替えられているが、円頓寺(えんどうじ)通りの堀川に架けられた橋だ。
そのたもとにもお社がある。
欄干脇の橋のたもとにあるお社は屋根の上ではなく、地上に下りていらっしゃる。
私の幼い頃からここにあったように記憶している。
移築された時から今の場所に在ったかは、さだかではないが、れっきとした屋根神様である。

清須越によって造られた名古屋の町割りはほぼ規律正しい。
今は新住所となっているが、旧何何町といわれるほうが分かり易いこともある。
名古屋城下、那古野幅下地区の下町にも古い伝統的建造物がいくつか残っている。

浅間神社の西方、子守り地蔵尊の路地の入り口近くにある屋根神さま。
立派な唐破風の屋根のついたお社だ。
御本坊筋にある旧家中村家の屋根神さま。中村家は、江戸時代の面影の残る商家である。



子守り地蔵前の屋根神さま

中村家屋根神さま

町並みをぶらぶらしながら屋根神さまを見つけながら歩く。
徳川家「清須越」から400年。
元禄十三年(1700)に大火があったとはいえ、名古屋の城下町には特徴のある風景が今も残る。
機会があるごとに探ってみたい。

 

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