人と自然と建築と

nonobe's diary

Vol.79「endless thema - 74」(12年07月)

-------夏風/怒り新党

 


ウランの芽が出始めた。徐々に白花となり、
夏風に乗って漂いはじめる甘い香りのフウランは馥郁しい。
ホウチャクソウの卵形の種の色が深みを増してきた。
ホウチャクソウは花びらがとれたあと、黄緑色の小さな種が残る。
残った種は時と共に次第に大きくなり、暑さにつれて紫黒色となってくる。
昼前近くに、庭でばたつく音がして窓の外を覗いて見る。
ヒヨドリだ。逆立ったような頭毛と薄茶に
濃いめのチャコールグレーの渋い色の柄を纏っている。
小枝をクチバシにくわえて飛んでいった。
しばらくしてまた戻ってきた。どこかで巣作りだろうか。
廻りをうかがいながら警戒している。
強風や豪雨には負けずに頑張れよ。

ヒヨドリ(動画です。)

京都市は、先月六月四日に
左京区岡崎にある京都会館の一部建替の基本設計の発表をした。
ちょうど一昨年2011年の六月二十四日に
京都会館再整備基本計画」を発表したが、
今年二月五日の京都市長選に於ける中村和雄候補の保存再生に対し、
門川大作 現市長の建て替え的な発言も記憶に新しい。
市長前期からの予定とは言うものの、
設計者決定もさることながらすでに基本設計が完了し完成予想模型まで出来、
今秋には解体が始まる予定らしい。
第一ホールの建替と第二ホールの改修と言う発表だが、
どこがどうなるのか、特に景観は気になるところである。
昨年の発表後、京都市は保存を求める日本建築学会、建築士会、
建築家協会等を巻き込んでの検討委員会を設置したにもかかわらず、
市側の一方的見識でことが運んだと聞く。
高さ制限の規制については都合の良い規制緩和に依るちぐはぐ制定を行い、
条例の規制緩和の特例あたりでつじつま合わせである。
いつもながら京都らしい顛末になろう気配が漂うのが気がかりだ。

岡崎一円の景観保全はどうなったのか。
2007年に新景観政策が制定されたところである。
当然のことながら緩和条文も折り込まれた。
それをもとに今年の一月に今回の計画に合わせ緩和している。
そのつど都合のいいように変えて行く規制緩和
こんな小さな街で特例ばかりでどうするのって感じになりはしないか。

市の進捗状況自体、奥歯にものが挟まった感じでクリーンさがない気がする。
市民諸団体等が解体予定の撤回を求めて異議申し立てをしつづけていると聞く。
遅れて困るという理由はどこにも見当たらないだろう。
事が進む前に十分な時間をかけ大いに議論されるべき事例であり、
血税を使う以上市はそれに答えるべく姿勢を見せるべきではないかと思う。
テレビ朝日の深夜番組ではないが「怒り新党」が必要だ。
そして理不尽な時柄を明確にしていって欲しいものである。
この事例だけではないが、私程度のものが思うのだから、
京都の顛末や如何っていう危機感を感じる。


京都会館は1960年に建築家故前川國男が設計したモダニズム建築である。
日本建築学会賞を受賞した建物でもある。
翌年の1961年に竣工した東京文化会館の計画を併せて考えると、
如何にして前川國男京都会館に臨んだのかが伝わってくる。
その描いたイメージはより日本的でより京都的かを心に、
その想いをもって十全の力を注いだことかと憶測する。
アプローチである歩道のある二条通りのファサードは、
水平線を強調した軒のイメージが連続する。
そのアプローチからピロティとなっている
第一ホール入り口まで抜けているオープンエアーの中庭空間は
伝統的建造物が建ち並ぶ伽藍配置の三門を抜けるイメージにも重なる。


柱と連なる軒のファサード

奥行きを感じるエントランス

低く抑えられた舞台上部

狭いと言われているホワイエだが、そのピロティとなった外部空間がしたたかに
その役目を果たしているように思われる。
正面歩道からピロティを抜けその先へと視線はつづく。
その奥の深さは中庭をいっそう豊かなものにしている。
また、冷泉通りを琵琶湖疎水沿いに歩いて行くと、
舞台上部の勾配屋根のあるバックヤード側が視線に入ってくる。
高さを感じさせない疎水に面した美しい景観はモダニズム建築を継承するにふさわしい。
そして京都にある前川國男の唯一の建築であり、
保存再生するに似つかわしい建築であることは間違いなく、
築五十年余り、老いて美しい。


疎水から見る景観は美しい

 

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