人と自然と建築と

nonobe's diary

Vol.82「endless thema - 77」(12年10月)

-------寒露/白を想う

 

ホトトギスの葉がかじられ小さなまんまるの黒い糞が葉に付いている。
ルリタテハが裏庭でよく羽をばたつかせている姿を目にしたのは
数週間ほど前のことだった。
たまごを産みつけにやって来ていたようだ。


ルリタテハの幼虫

ルリタテハの幼虫

幼虫が葉を喰い散らかしている。駆除するかほうっておくか迷うところだ。
まあ、ひと鉢ぐらいならほうっておこう。
他の鉢に移ってきたらそちらを駆除すればいいかなどと思っているうちに
地植えのホトトギスにまで移動してきている。
迷った末、庭の幼虫は自然に任せ一匹を観察の為に飼育してみることにした。
メッシュネットで囲んだ小さな住みかだが
風通しもよくホトトギスの葉を盛んに食べている。


飼育用の住みか

蛹の背中側だが少し不気味な感じ

これが食欲旺盛で、糞の始末と葉の付いた茎を摘んできて取り替えてと意外と手がかかる。
少しだけ葉の色をしたまんまるの糞も、体につれて大きくなる。
なぜか妻はこの子をタマと呼んでいる。

何日経ったろうか。朝、葉のなくなった茎の先のほうにぶら下がっているのを発見。
まだ刺々しい風体や柔らかそうな感じも残っていたが、
翌朝にはもう蛹の形に変化していた。
それから一週間ほど経った昼前だったろうか、気がついた時にはすでに羽化していた。
蝶の翅は延びきる前に乾いてしまうとその形のまま固まってしまう。
注意しながらちょっと触れてみた。ふわふわとした感触である。
時間とともに少しづつ、ゆっくりと大きく翅を動かし始めた。

ルリタテハがゆっくりと大きく翅を動かしている(動画です。)

成虫となったルリタテハ、生まれた裏庭に放してやった。
まだ庭には気づいただけでも七体ほどの蛹がぶら下がっている。
涼しさも増し、喰い散らかされたホトトギスも新芽が伸び始めている。
庭の蛹の子たちも羽化が始まった。
瑠璃色の翅をいっぱいに広げ秋空に舞い立っていく。


庭のルリハテハも翅化し始めた

こんなところで翅化し始めた

枯れ葉と区別するのが難しい


先立て、陶芸家の吉井史郎氏の作陶展が
木屋町筋のギャラリーで催されたので覗いてきた。


華やでかわいい色彩のコスモスもなかなかお似合いの花入

吉井さんの事は過去にもマンスリーホットラインで何回かご紹介している。
京都亀岡の三国山の工房には、登り釜を自力で制作し達磨釜まで併設してある。
達磨釜は今のままでは火力に乏しいらしく、
炎の廻りを善くし火力が上がるように改善したいのだとか。
普段使いの食器や花入は勿論の事、和室の長押に設ける釘隠しを造ってもらったりと、
結構永いおつきあいをさせてもらっている。


花入

花入

花入

半年程前に工房にお邪魔して以来であるが、
ギャラリーには目を引く焼き物が幾々と展示されている。
白い釉薬のかかった花入。大皿。黒い花入や茶器。


大皿

花器や大皿

日常使いの阿南と呼んでいる茶碗や片口。どれも形が良い。
めずらしく水鳥の絵柄のものが何点かある。


茶入、茶碗などの茶器

今回展示されたもののなかから幾つかの写真を掲載したが、
その質感までは伝わらないのが残念である。
直接手のひらで包み触れたとき感じる何かが大切であるように思う。


茶席で使う水指とその蓋置

普段使いの茶碗や片口

拝見させて頂くたびに、吉井史郎の焼き物のイメージは美しい白を想う。
そしてその白が似合う形がそこにある。
勿論、黒や阿南や柄物などいい雰囲気を持ったものは数々ある。
その中でも白の花入や大皿はなかなか美しい。
登り釜の中を抜けてゆく炎が、焼き物を撫で痕跡を残しつつも、
少し控えめでそれでいてそのさり気ない力強さのほどが好ましいように思う。
偉そうな言い方ではなく、ただそれが私の好きな由縁なのかもしれない。
極めるものと、新しい試み。
そして得たものは幾度となく還元されてゆくが故に、
求め描いているものが見えてくるのかもしれない。

工房は、京都府亀岡市曽我部町寺三国山19-4
電話:0771-24-7170


ショウジョウバッタ

裏庭の平ブロックの上にショウジョウバッタがひなたぼっこ。
季節は白露、秋分を経て、寒露霜降と移りゆく。
朝夕の気配は一枚上着が欲しくなる程。
少しづつだが秋が深まるのを覚える。

 

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