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人と自然と建築と

nonobe's diary

Vol.7「endless thema -4」(06年7月)

-------あっという間の、第4号です。

 

第3号をだし、さてこんどはと思いきや。
はて、前号といっしょになってしまった。
何だか行き当りばったりの文章になりつつあるのだが、めげてはいけない。
「まえふり」が面白いほど本編も面白く思うものである。
例えにするのはおかしいのかもしれないが、
公開型のTVの収録にも必ず? 「まえふり」ならぬ
「前説」というものがあり、 私も子供のころ
公開番組を観にいったことがある。
本番まえの雰囲気を盛り上げるために行われるのだが、
徐々にテンションがあがり、場が盛り上がったところで
本番につなげていくのである。
建築でいうアプローチもそのひとつと言えるのかもしれない。
歩きながら見え隠れする建物を垣間見つつ
そこで起こりうるシーンを思いうかべ、
高鳴る鼓動と期待を胸に感じながら入り口の扉に
たどり着くまでのあいだをアプローチと呼ぶのである。

・・・などという訳ではないのだが
何故か「まえふり」というものは興味深い。

 

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南京鉋(なんきんかんな)

 


ところで、南京鉋(なんきんかんな)というものをご存じでしょうか。
この美しいそして質の高い鉋について少し。

五年程前のことになるのだが、長野県松本の
「松本クラフトフェアー」に行った。
このイベントは、松本の駅から徒歩で20分程のところにある
あがたの森公園」というところで、
毎年新緑の美しいさなかに開催されている。
ここを訪れてわかることは、いろんなクラフトマンが
なんていろんなものを造っているのだろうかと実感することである。
そんななか美しくきれいな仕上がりをした箸ケースをみつけた。
後ろのほうをちらっと覗くと、木工用の万力台が置かれその脇に
なにやら置かれているのが視線にはいった。
それは細長いもので中央にきらっとしたものが
ついている仕事道具の鉋であった。
長年使い込まれているのがわかるほど
柄の部分は鈍く奥深い輝きをし、
そして美しい光りを放っている。
美しい箸ケースのことなどすっかり忘れて、
「ああ、いいなあ。」と思い続け三年、
またここをおとづれたのが昨年である。
やはりその人は万力で作業をしていた、
というよりは、私にとってその鉋がありました
といったほうがいいのかもしれない。
そしてなんとなんと「鉋、作成します。」と書いてあったのだ。
・・・・・そして、その美しい鉋を待つこと1年余り、
やっと今年の夏手元に届いた。
その鉋が前ページの写真の南京鉋というもので
私の造ってもらったものは丸六分の18Rというタイプである。
柄の部分がアカガシ、仕上げはエゴマオイル拭きで、
中央には真鍮でできた刃口金物が埋め込まれている。
使い方は柄の両側の部分を両手で握り、
手前に引いて木を削るのである。
当然、細く丸みがきついほうが
小さいアールのものを削ることができるわけである。
そして丸みがきついほど扱いづらいと言うしろものである。
一口に木を削る道具~かんな。
というが、この鉋の質のよさにはこころ曳かれるものがあり、
事務所の手に届く棚の上に今は置いてあるのだが、
この鉋を手に取るたび建築の「質」に自問する日々である。

今回も「まえふり」が長くなってしまい、
どうも本編だけではさみしい気がして
ついつい「まえふり」を書いてしまうのです。
そして、おもしろくおかしく「まえふり」が
書けていけたらいいなあとも思ってます。

 

-------アドバイザーって大変です。

 

京都の祇園には祇園町南側という地区があり、
花見小路通りを中心に四条より南の区域をいう。
この地区には、舞妓さんや稽古さんが芸を学ぶための
学校法人八坂女紅場学園と言う学校があり、
土地建物の過半はこの八坂女紅場学園が管理していて、
御茶屋さんのおかみさんたちは
新築をふくむ建物の外観などを直す場合には、
行政庁に届けを出す前に八坂女紅場学園の
作成する景観の保全及び継承を目的とした
祇園町南側建築物等外観意匠基準」に
適合するようにしなければならない。
実は、八坂女紅場学園の町並保存のアドバイザーを
98’~99’にかけて1年程させて頂く機会があった。
丁度この地区が伝統的建造物郡保存地区
(以下、伝建地区と呼ぶ。)に指定されたときでもあった。
この地区はR大学のY.M教授がされているのだが、
1年間の海外留学のためその間の留守をまかされたというわけである。
伝建地区などの町並の仕事にはよく修景というWorksがある。
以前、江戸時代の民家が立ち並ぶ城塞都市奈良県橿原市
今井町で3年度にまたがって修景計画や
その他のWorksを経験したことはあるが、
アドバイザーは、それとは随分と違うのである。
クライアントから依頼を受けた設計事務所などが設計やデザインをし、
その設計に対して町並みに調和するように広い視野で適格な
アドバイスをするのが一般的であろう。
しかし私の場合は、ここは納りが悪いだの、
これはこうじゃないと変だとかいやだとか、
この仕上げはこっちのほうがいいんじゃないか
などと、町並保存という大義名文をかかげ
言いたい放題のアドバイザーだったに違いない。
それに、その場ではなかなか方策も出てこないので
一度持ち帰って自分なり~小姑ふう~に検討し、
後日相手様まで連絡をし検討を願う。
こんなやり取りがしばらくつづくのだ。
普通は、その場でカッコよくアドバイスをするのだろうが、
私の場合「その場で」が出来ないのが、くやしい。
とは言うものの、私が見ておかしいと思えるものは
やはり誰が見たっておかしいし、
なんで打ち合わせのとおりでき上がっていないの?。
やっぱり、だれが見たっておかしいものはおかしいのだ。
と、自分を納得させているのである。

 


●Fバー 建て替えとして計画が進んでいたが、
最終的には外観をそのまま残し、
洗いを施し、痛んだところを改修した。
真新しかった格子戸もいまは馴染んでいる。

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Fバー正面

 

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斜めから見たFバー

 

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Fバー内部

 


内部は、バーの部分の改装と一階の取次ぎや二階の和室も
修理し利用できるようにしてある。

 


もう随分前の話になるが花見小路を一筋下り西に入った
ところでショットバー「Fバー」の仕事をしたときもやはり
八坂女紅場学園の所有ということでアドバイス
受けたことがあったがこのときは逆の立場で
私がアドバイスを受ける側で、
その後まさか自分がこの仕事をする事になろうとは
思ってもいなかった。
当時このバーと八坂女紅場学園の所有する土地の管理人を
されていた今は亡きY.K氏とこのバーのオーナーである
S.F氏が某公営放送局に取り上げられ放送されたことがあり
(丁度、十数年ほど前に「京都とは」「町並とは」「保存とは」などで
世論がさわいでいる時期があった。)
私も取材を受け収録はされたものの設計監理という行為は
放送内容の趣旨?にはあわずにその部分はカットされ、
放映は現場での後ろ姿だけであったが、
自分がテレビに写るというのは何かちょっとうれしはずかしであり、
それが私であるとは誰にもわからなかったことだろう。
なつかしく、楽しく、そして良い思い出として
今もビデオと共に残っている。

 

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高塀様式

 

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高塀様式

 


祇園町南側の花見小路通りには、
歴史的意匠様式のなかでも主に高塀様式や
本二階塀造りと呼ばれる町家が多く見受けられる。
それはその名の通り、腰の部分が板張りにされた塀
もしくは塀のような造りの町家である。

 


祇園町南側の花見小路は、
大きく分けて高塀様式と呼ばれる、
その名のとおりの少し高い塀で下の部分に
板張りを用い上の部分を土壁にした様式の
美しい町家が建ち並んでいる。
もちろん、通りから枝わかれした通りにも
格子のある二階屋造り(正確には本二階茶屋様式、
本二階塀造茶屋様式、本二階格子造りしもたや様式等々。)
と呼ばれる美しい町家が建ち並んでいる。
私の好きな町並は、その奥の入り組んだ路地に面した
数々の町家たちである。
3mにも満たない路地に面し両側に立ち並ぶ
二階屋作りの町家は、なかなか美しいのである。

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中央の人がY.Sさんである

 

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登り窯

 


一階の格子戸や出格子のデザインもさる事ながら、
二階の簾が降ろされたその後ろにある
数々の異なった窓、格子や出格子、
堀込が施された手すりなどのデザインには、
目をみはるものがある。


●美しい堀込のある手すりと鍾馗さん

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そして重要なことはこれらの細い路地には
消防車は入ることができないどころか、
災害事の救助隊の活動もなかなか難しいと
思われるところが随所にあるということである。


●路地の町家

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文化財を守るべく地区として、
この地区の特殊性に見合った防災の検討と
整備が急がれるのではないであろうか。

 

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祇園町南側」・・・京都らしい情緒とともに
残しておきたい町並みとして、
この地区が指定されたことは喜ばしいことであり、
後世も変わらぬ美しい町並として
保全されていくことであろう。



 

*****

 

Vol.6「endless thema -3」(06年6月)

-------早いもので、もう第3号です。

第2号も無事に発刊し、さてこんどはと思いきや。
はて、どんなことを書こうか一向に思いつかない。endless themaと言いながら、
もうendではどうしようもないのである。などと考えつつ・・・・・。

文章を書くときの言い廻しは非常に難しい。
それに、語尾をどう書くかによっても受ける感じが違う。
・・・・違うのだ。・・・・違います。・・・・違うのではないでしょうか。
などなど。 ただやさしい言い方だけでなく、
やさしさが感じられる言い方がいいと思いながら、いろいろな方の文章を
目にしているのだが、なかなか自分にあった言い方が見つからないでいる。
それでついつい、ご覧の口調になってしまう。
と、悩んでいても仕方がない。しばらくの間はこんな調子で行くしかないか。
そろそろ本遍に入らねば・・・・・・。

その前に、ちょっと面白いものをみつけたので、そのことを少し。

先日、ビールの泡がきめ細かくクリーミーになるという
ビール注ぎ器なるものを購入した。
ビールの泡というのは、炭酸が逃げるのを防ぐのと、
ビールが直接空気に触れ酸化するのを防ぐという働きをもっている。
このビール注ぎ器なるものは、
缶ビールの上蓋の部分に取り付けるだけで簡単に使用できるのだ。
素焼状のものを注ぎ口に取り付けるだけの構造なのだが、
いがいに楽しめHappyになれる。ドラフトギネス(※注-1)
とはほど遠いが、なかなかよくできているのである。
ビールのおいしい季節もまだまだつづくなか、
ギンギンに冷えた缶ビールに取り付け、
喉を潤し、御満悦のこの頃である。


(※注-1)ビール好きの方はご存じのことと思いますが、ドラフトギネスとは、アイリッシュバーなどでギネスビールに圧縮空気をいれクリーミーな泡立で楽しむビールで黒ビールが主ですが、缶でも市販しており、黒のマイルドな エキストラとちょっと辛口の青缶のビターがあります。

マエフリがマエフリで無くなり長々となってしまいましたが。

 

-------Y.Sさんの登り窯

私の知人で、陶芸家のY.Sさんがいる。
(前号からYさんがよく出てきましたので、こうしました。)
Y.Sさんは亀岡の三国山という自然に囲まれたところで、
昨年登り窯を再生した。

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登り窯

 


以前に再生前の窯を見せてもらったことがあるのだが、
そのときY.Sさんは、楽しげに「いつになるかわからないけど、
使えるようにしたい。」と、言っていたことを思い出す。
今年は、ぜひこの窯に火が入っているところを見て見たいと
心待ちしていたところである。

Y.Sさんはとても器用な人で、それはろくろを回しているところを
見ていればわかる。
器には、作家としての作品と日用使いの器があり、
ちょうどその日は、生活の糧としてのろくろを廻していた。
そしてあっという間に一客出来上がるのである。
「ここをこうしてこうするとひとつ出来上がり。」と、
楽しげであり自慢気でもある。
陶芸家の作品作りはきっととぎすまされた空気が流れ、
人を寄せつけぬ姿ではと思うのが一般的であろう。
でも、きっとY.Sさんは作品も楽しげに作っているに
違いないと思えてくる。
私も「楽しくて、気分よく、建築を創りたい。」
と思っている。

理論的で、むつかしい顔(きっと、そのほうが建築家らしく
見えるのだろうが。)をして創ったのでは何か心さみしい気がする。
決して自己満足の作品ではなく、いろいろな人から、
「何かいいねえ。」とか、「感じいいねえ。」とか、
そんな普段着の言葉で言われると、とてもうれしい。
やっぱり、むつかしい言葉はいらないのだろう。
「いいねえ。」これが、最高かな。

八月の暑いさなか、別の用件もあってY.Sさんに連絡してみたところ、
「週末から火いれをするので、燻し初めは相手できますよ。」
とのことで、さっそく見に出かけることにした。

Y.Sさんの工房に着いて、「こっちだよ。」と言われて驚いたのだが、
以前の場所からもう少し小高いところに移築
(移築という言葉が適切かどうかわからないが。)
してあった。 元の写真ではうっすらと、
煙りがでているのが分かるのだが・・・。

燻し始めの煙りが屋根を超えて昇って来ている。
なかなか美しい光景である。
「前の場所は狭いのでこっちに移しました。」
と軽く言うのだが、そこは山なりにすこしづつ傾斜し
丸太で土止めしながら壇状につづき薪置き場や、
休憩の為の場所や、寝泊まりの小屋などが配置してあり
心地よい風が吹き抜けてくる。
これを自分で作ったというのがすごいことだと思う。

 

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薪置き場

 

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登り窯

 


以前は、樹木の繁った傾斜地であったところを、ここまでに、
そしてたぶん図面などはないだろうし全体を把握、
というか空間として理解できているから作れるのだと思う。
かたちに対する感性みたいなものが自然と現われてくるのだろうか、
この辺のところがすごいところだ。などと関心しながら
視線には登り窯が見えてくる。
いま燻し始めているところのようで、
随所から煙がにじみでていて窯のなかにある作品のひとつひとつの間を
すり抜けてきたかと思うとなかなか感動的なシーンである。

この窯のれんがは以前の窯を解体し、ひとつひとつ洗いそして新たに
積み上げたということで、たいへん根気のいる作業だったに違いない。
「露天風呂もつくったので、みて。」と、Y.Sさん。
ここには露天風呂までついているのだ。
女性のスタッフも数人いるので、囲いがついているが、
一人のときはとっぱらうらしい。
「入っていったら。」と言われたけど、さすがにちょっと遠慮しておいた。
こんど機会があれば、ビールを片手に入ってみたい気がする。
さぞかし、気分がよいことだろう。

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露天風呂

 


露天風呂です。浮いた感じのデッキには、
槙で出来た湯舟が埋め込まれている。
Y.Sさんは設計も施工もできる 陶芸家なのです。
薪を投げ込む焚き口はこんな感じになっている。
勢い余った薪が作品に、当たることも珍しくない。

 

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登り窯

 

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薪を投げ込む焚き口


この日は他にお願いする用件があったので、
ミーティング用のテーブルに移動、
と言っても10m程のところであるが移動した。
この場所もなかなか旨くできておりくつろげる空気が漂っている。
今設計中の住まいの座敷の長押の釘隠の金物ならぬ
焼物をラフのスケッチをもとにお願いしているところである。
数ヵ月後には焼上がるだろう釘隠しの焼物、
出来上がりが楽しみである。
返り際、「自然のクーラーも見てくれる。」と、
山あいを流れるせせらぎから工房まで引いたダクトからは、
冷たい風が丁度ろくろを回す位置にとどくようになっている。
人をいやしてくれるだけでなく、
適度の湿気と冷気が土に程良い状況を作り出しているのだと思う。
一週間ほどで、窯出しということで、
またずうずうしく伺うことを約束して
Y.Sさんの工房を後にした。

窯出しの当日は朝からむし暑い日であったが、登り窯の周辺は
心地よい風が吹き抜けている。今朝から、窯出しを行っているということで、
あわただしく作業が進められている。幾室目の窯のどの位置の何段目に
どんな薬で仕上げたかなどを記録する作業が行われていた。
火の廻りぐあいや、色の出ぐあいなど緻密な記録作業を繰り返し、
窯の特性を知ることにより、
思いどおりの作品を焼くことが出来るようになるのだろう。
しかしながら、電気やガスの窯で焼くのに比べ、
そこには数々の偶然性もある。
そして、その延長線上には偶然性をも予測することが可能になるであろうことが
見え隠れしている。
今回は、燻し初めと窯だししか見ていないのだが、
その途中も見て見たい気がする。
ひょっとして、Y.Sさんの違う一面も見ることが出来るかもしれない。

 

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中央の人がY.Sさんである

 

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登り窯

 

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窯の中

 


窯だしと同時にデーター収集の作業が、すすめられている。
両側の搬出入口からは焼き上がったばかりの美しい作品が覗いている。
左下に見える開口は火の通り穴である。

“もの”を知るということは、奥の深さを知ることである。
いろいろな事物を経験し、そして学ぶことは建築という巨大な器を創るとき、
きっと何かの手助けとなり答えを導き出してくれることと思う。



 

*****

 

Vol.5「endless thema -2」(06年5月)

-------PowerBook5300c

創刊号をだしたばかりなのに、もう次の原稿を書き初めている。
・・・と言うよりは、メモ帳代わりにMacのPowerBook5300cという
ノート型パソコンを机の脇に置いている。
このPowerBook5300cという機種は、かなりの旧型パソコンであるが、
Appleのノート型パソコンでは初めてパワーPCの搭載された機種である。
以前はこのPowerBook5300cで、CADを使い図面も書いていたこともある。
最近の機種に比べ処理能力は劣るが、非常にシンプルで使いやすいし、
液晶もTFT採用でなかなか手放せないでいる相棒である。
もちろん、液晶モニターが10.4インチということもあり
コンパクトで邪魔にならないので、
片隅に置いて思いついたことをメモっているのである。

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-------昔人のメッセージ

昨年一昨年と、滋賀県坂本の延暦寺の里坊の建造物の調査に参加する機会に恵まれた。
坂本の町並は、穴太衆積み(あのうしゅうづみ)と呼ばれる
石垣が美しい景観をかもしだしている。
穴太衆積みというのは、表面を加工していない自然の石をそのまま積む手法で、
自然がおりなす美しい表情を作り出している。
特に、里坊地区を横切っている日吉馬場の通りに面しての里坊には、
日吉大社の参道に至までの間、少しずつ登りながらの穴太衆積みの
美しい石垣がつづいているのに目を奪われる。

 

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日吉馬場通りの穴太衆積み

 

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穴太衆積み

 

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穴太衆積み

 

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穴太衆積み


また、里坊とは、比叡山延暦寺で修行した僧侶たちの隠居のための住まい、
つまり隠居坊のことである。これらの里坊には、客殿が付属したと言うよりは、
庫裡が付属した客殿といったような立派な里坊もあれば、
御堂が併設されている里坊、そして質素なくらしの場としての里坊、
と言ったようにさまざまな形態の里坊が混在している。

今回行った調査は里坊以外に、その関連建物、
寺務所、寺社、社家が一件、などを調査した。
そのほとんどが江戸期に建造されたものらしいので、
かれこれ300年ぐらいは軽く経っている計算になる。
昔人の智恵というのはさすがにすごい。
その智恵に敬服しながら全部で50件あまり担当し、
後半(昨年度)には、滋賀院門跡の書院、庫裡、客殿、土蔵と一連の建物を調査した。
手入れや保存の良さもさることながら、
どの建物もその美しいプロポーションとディテールや
イデアなどその感性には驚かされる。
古い建物を見る機会が幾多とあるが、いつもながら昔人から学ぶものは数々あり、
こうした Works は私の人生にとって貴重な経験となっていることは、
間違いのないところであろう。

我々は、昔人から受け取ったメッセージを大切に保管し、後世に伝える義務がある。
そして、後、数百年経ってもなお変わらぬ姿が存続することを望む限りである。

 

 

-------蜜蝋(みつろう)ワックス

最近、なかなか使いやすい蜜蝋ワックスを見つけた。
蜜蝋とは、蜂の巣箱からはみ出たまだ蜜のつまっていない
むだ巣と呼ばれるものからつくるのである。
この蜜蝋ワックスの成分は蜜蝋とえごまオイルだけでつくられた
少し固練で合板にも使えるしろものである。
私の事務所で使っている扉部分の多い本棚は、
図面を引いて家具屋さんに造ってもらったものである。
ちょっときれいな洋風の板目の和桜の合板を張り、
当時チークオイルなるものを自分で塗ったのだが、
このワックスを見つけてからもう一度そのうえに塗ってみた。
これがまた具合がよいのである。まさに自然のツヤである。

 

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和桜の本棚


もちろんこのワックスは、合板だけでなく無垢材にも塗れるのだ。
自宅で使っているハンスウエグナーのYチェアーという椅子がある。
もう随分と使っているのでちょっと色が焼けている。
この無垢材で造られた椅子にもこのワックスを塗ってみたのだが、
これがまたしっとりとした感じで、少し焼けた感じがより一層美しくなったではないか。
それではと、築不詳のわが家(第4回参照)の二階の和室の床の間の
もう艶のなくなってしまっている床板と地板と棚板にも、と思い塗ってみたのだが、
なるほどなるほど、美しさが蘇ってきたではないか。
何というか、木の万能薬とでも言ったらいいのだろうか。
とりわけ、自分で塗るから余計にそう思うのだろう。
そんなわけで、いろいろと試し塗りなどをして、
ひとり悦に入っているこの頃である。

 

 

-------S氏の診療所

私の友人で千葉県の佐原市に歯科診療所を構えるS氏がいる。
S氏は同じ大学の同期である。
もちろん私は建築学科であり、彼は歯科であったが、
下宿が同じということから、もうかれこれ30年近い付き合いになる。
腐れ縁という言い方もいいかもしれない。
そのS氏の診療所を15年ほど前に手がけた。

敷地は、国道沿いではあるが300m程北には一級河川の広大な利根川が流れ、
広々とした印象は澄んだ空気を感じる。
左下の写真 は現在のものであるが、
右下の竣工当時の写真と比べていただければ、
なるほどその成長ぶりがよく解って頂けることと思う。

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竣工時当時の診療所

 

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最近のS氏の診療所

 


夏ヅタという、つる状の落葉植物を植えたのだが、この夏ヅタが成長し、
待合室の外壁から1メートルほどの距離にある、
スリットのあいた高さ3メートル600のコンクリートの壁にうまく絡んできている。
この夏ヅタの壁は、西側になる待合室を夏の日差しからさえぎり、
こもれびとして待合室の窓に写る。
このこもれびは、秋口から少しづつ色づきはじめ秋が深まるにつれ、
まっ赤に染まった夏ヅタの美しい色彩が待合室を埋め尽くしてくれる。
そして、冬も深まるにつれ真っ赤に染まった夏ヅタは落葉し、
あたたかい日差しを屋内に運んでくれる。
待合室から診療所の扉を開けると、
緩やかなカーブで視線をはこんでくれる壁がある。
その壁の先には窓があり、小さな庭に視線が導かれる。
この小さな庭にまで達した緩やかにカーブした壁と、その小さな庭を取り囲むように、
もう一方からもコンクリートの壁が取り囲んでいる。
このコンクリートの壁に陽があたり、
その反射でこの小さな庭が明るくみえ、穏やかに室内を照らしている。
また、この診療所のスタッフは、夏ヅタの壁を右に見ながら
外部から直接スタッフルームに入ることができる。
スタッフルームの入り口の先には、
院長室のピクチャーウィンドウの絵にもなる庭があり、
常緑の霧島つつじのなかに金木犀を植えてある。

少し専門的な話にはなるが、平屋建て一部屋根裏ルーム付のこの診療所は、
内外ともにコンクリートの化粧打放しという仕上がりで出来ており、
セパレーターの化粧木コンは縦も横も基本は@227.5の倍数、
つまり8本/枚で均等に割り付けてあるので木コンは縦横等ピッチである。
もちろんパラペット天端までの高さは横使いのコンパネ4枚分で、
コンクリートは基礎天から打ち継ぎなしの一回で打ち上げてある。
交差するセパレーターは化粧とし、その位置は常に一定している。
等ピッチの規律正しい割り付けと、コンクリートのテクスチャーが
端正な美しさを作り上げていると思っている。
また、壁式ではあるが、薄肉ラーメン構造を想わせる4本の壁フレームの連続性、
フレームから少しずれた空間、そのフレームを貫通する曲率を持つ壁、
フラットルーフに敷き詰めた砂利の中から浮かび上がっているピラミッド状の屋根、
壁のうえにのせた薄いスティールの庇のディテール、
そして、室内に時刻を刻むサイドライトの明かり、
いろいろな建築的手法を埋め込んだこの小さな箱は、
クライアントでもあるS氏のこの建物に対する思いやりと心づかい、
そしてコンクリート化粧打放しということへの理解のおかげで、
今もなお、美しく成長をしつづけている。

かすかな甘いかおりと紅葉が、この診療所を訪れる患者さんやいろいろな人たちの気持ちを、
一層和ませてくれることを
思い浮かべながら図面を引いていたのを思い出す。



 

*****

 

Vol.4「endless thema -1」(06年4月)

-------「桜門建築会きょうと/設計同人」のスタート

昨年、本会の件で坂本先輩からお誘いを受けたのであるが、
文章を書く事になろうとは思ってもいなかった。
どんなことを書いていいのかわからないまま年を越し、
まあ、気ままな旅のつもりでテーマなどなく、ぐだぐだと、
思いのまま書きつずろうと考えた訳で、
そうすれば完結など考えなくてすむし
書くことも広がる一方ではないかと思ったのが間違いで、
さて、と机に向かったのだが一向に思いつかない。
坂本先輩からは、ヒントなどを頂いたのだが、ちょっと難しすぎて‥‥。

著名な方々の建築論やエッセイなど読ませて貰っていると、
どうも建築家の書くものは言葉や言い回しがかたいというのかやっかいというのか、
強いては解読不可なる文章もあったりで、たぶん皆様も感じられていることでしょう。
楽しく愉快に「もの」が解ればそれにこしたことはないと思うのですが。
と最初に言っておけばもっと気楽に書けるのではと考えつつ、
2002年も10日が過ぎ去ろうとしている。


-------そして今、住宅のリフォームの計画を初めているところである。

クライアントのWさんは、ひとり住まいである。
いまは職場を離れ、昨年から新たに大学に通っている。
休みの日には仲の良いいとこさんがよく遊びに来られて
ここで伴にすごされることが多いらしい。
この家は、緑の多い京都御苑に近接しているためか、
ときおり庭にメジロヒヨドリが枝に止まっているのを目にする。
春先になれば、ウグイスも見かけられる。
勿論、いたずら好きの猫たちの日なたぼっこの場所でもある。
東にも、200メートル程行くと鴨川も流れていて
老後を過ごすにはなかなか良いところである。

敷地内には、既存の使えそうな倉庫が母屋と並んで建っている。
このあいだ約3メートル。
ほどよい距離は、「陽だまりの空間」となりそうな気配である。
(空間としているのは、イメージとしてはインナーともアウターともつかない様な
 テラス風の木製デッキにしたいのだが、土があってもいいかなとも思えるので、
 あえて空間と書いています。)
母屋の南側には、二階のテラス下を利用して広縁を増築し、
この「陽だまりの空間」とうまくかかわりあいながら
過ごすことができればいいのではと考えているところである。

もう一つ、この家には現在はあまり活用されていない庭が北側にある。
この庭を「陽だまりの空間」へアプローチする「日々の通り庭」
(のら?猫が多いので、めだか池はむりかもしれないが、
 のちのちには庭いじりぐらいはできそうな庭。)
として積極的に活用することで、この庭とのかかわりも増してくることだろう。
そして、近接の自然とのかかわりの手助けになればいいと思う。

自然と言えば、近年山林の伐採などいろいろ論議を呼んでいる。
文明の力や、技術の進歩によりくらしの変貌はおおきなものだ。
都市化により炭や薪の文化がなくなり里山や柴山まで変化を遂げている。
そのため、里山や柴山の植物の生態系が崩れ、
むかしの山はほとんど姿を消しているように見受けられる。
昔は暮らしのために、柴を刈り、薪を調達するために必要な樹木を伐採してきた。
それにより山は代謝をつづけてこられた。
私たちは、今、里山や柴山(と、言ってよいのか解らないが。)
そして、ビオトープなどの考え方も含めた
自然環境の再構築のためのカリキュラムを作成し、
人が自然とどう向き合っていくかということを学ばねばならないのではないだろうか。
私もまた小さなことから始めなければならないと思っている。
それは、決して立派な植栽や美しい緑化でなくてもいい、
自然の法則に従い決して過保護にならないように
自然の治癒力に任せた手助けをしていけばいいのではないかと思う。
近ごろは、ビオトープのキットまで購入できる。
陶器製の水槽に水生植物やメダカまでついているらしい。
箱庭的な考えに否定的な人は少なくないが、
これらは自然へのドアなのではないのだろうか。
このドアをあけ第一歩を踏み出していく事も必要なことであるように思える。
そして水辺の生態系や生き物を知るきっかけになればすばらしいことだとも思う。

Wさんの庭もそんなごくごくありふれたシーンがあればいい。
「日々の通り庭」から「陽だまりの空間」へ、そして内部とつながっていくなかで、
暖かさや寒さを感じ、風がそよぎ、陽がふりそそぎ、雨音が聞こえ、
アマガエルやトカゲそして小さな虫たちが住人となれば楽しい。
ここを訪れる人たちの話し声や笑い声が聞こえ、
時間を忘れて過ごせる場所が生まれればいいかなあと、
思いを廻らせているところである。

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母屋と物置きのあいだから北側の庭をみる

 

-------Yさんの小路ーこみちー

哲学者のYさんは、無類の猫好きである。
二匹の猫の名前もすごい。すごすぎて聞いてもすぐに忘れてしまう。
Yさんのお宅に去年一匹のまよい犬が舞い込んできた。
元の飼い主が分からず、新しい飼い主を探していたのだが、なかなか見つからず、
ほっておくことができずに結局自分で飼うこととなったようだ。
この犬の名前は「けん」。
このくらいのなまえであれば私でも覚えられるのだが‥‥‥。

このYさんのお宅のアプローチ(もう一方の泉川通りに接道している
自動車通行不可の公の小路(こみち)ではあるが)の南側に大きな樹木が育っている。
一時、この樹木が伐採されるということを聞いたYさん夫妻は、
ずいぶんと心配をされていた。
結局は、少しの枝の刈込みだけですんだようでホッとされていた。
このアプローチには、ほかにもたくさんの小植物が育っている。
そして私もここを訪れる時、最初にこの樹木と小植物たちに迎えられる。
また、この小路(こみち)は高野川の土手へと抜けるている。
視線の向こうには、高野川が流れている。
川の流れや水の匂いそして土手の土や草の匂いなどその気配が感じられる。
この樹木とアプローチの小植物たちが、
高野川へ抜ける視線のアイストップとなり
この家の景観を一層和らげていることは、充分に理解できることである。
この小路(こみち)は、道沿いの住人たちの通り路だけだではなく
高野川の土手の方から抜けてくる人や通りから
土手へと抜ける人などいろいろな人たちがここを行きかう。
そして、樹木や小植物たちだけでなく石畳ふうに隙間を広げて
敷きつめてある古びた舗石もこの小路(こみち)を演出しているのだろう。
何故か自分が子供だったころのときめくような、
ドキドキする思い出のようななつかしい気持ちにさせてくれる。
そして、ホッとする魅力がこの小路(こみち)にはあるように思う。

 

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変わらぬ自然がある高野川

 

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泉川通りからみた小路の景観

 

終の住処ではないが私が我が家を探していたころ、
この礼の森から高野川沿いあたりをよく探していたが結局見つからなかった。
と言ってもこのあたりで売家は少ないのだろう。
きっとこの場所を離れようと考える人がなかなかでてこないのではないのだろうか。
私には、そんな雰囲気をもっているように感じられる。


-------我が家

我が家は町屋のリフォームである。
とは言っても町中の立派な町屋ではなく北区にある、
多分昭和の初期の築不詳のちいさな町家である。
(町並の関係のY先生には、「郊外型の町屋ですよ。」と聞きました。)

< Yさんがよく出てきますが、YはYでも違う名字の別人です。>

外からはリフォーム前とほとんど変わりません。
いかにイメージを残しうまく再構築できるかがテーマでした。
強いて言うなら、壁の白漆喰から塗直した(二年程前に台風で上塗が落ちました。
そのときに少し色をかえ塗りかえたのです。)のと、門の棟や下屋の棟の面戸が
白のしっくいから墨入りとなっているぐらいである。
ほんの少し手を加えるだけで、ひいき目ではなくちょっとお洒落で随分と凛々しく見える。
これはお勧めの方法である。内部は、玄関の間と二階の和室を残し、
もともと裏側の庭に面して(なぜか)サブ階段があったところを
そのまま吹き抜けにして、開口部ごとやりかえ、
そして、可能な限り一階の間仕切りは解放しワンルームにし、
一部壁を増設したのだが耐震的にはどうなのやら。
地震があると少し二階が揺れるので「壁のとりすぎかなあ。」と思ってはいるが、
自邸だから「まあ、実験だし、いいか。」などと思って自分を納得させている訳ではある。
でもその分、かなり快適である。
内部は天井高があまりないので圧迫感をなくすために壁と天井は同じ材質で仕上げてある。
そして大壁部に対してどの位置の柱や梁を見せるのか、
枠の納まりや壁と建具の関係をどう処理するかなどがデザインの主眼であった。

 

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Livingから窓越しに奥の東の庭をみる。

 

こんなわが家にも、玄関先と奥の東側に猫の額ほどの庭がある。
庭の住人たちを紹介すると、玄関先の生け垣に囲まれた庭には、
マツやモチノキ、サンショノキ、サザンカ、サツキ、
センリョウ、白の沈丁花ワビスケ、椿、
地被にはヤブラン、和物のリュウノヒゲユキノシタ、シダ類、
軒下にフウラン、その他にもいろいろ生息している。

年に一度、マツの手入れを植木職人さんにお願いして剪定してもらっている。
季節になるとアゲハチョウが、好物?のサンショを食い荒らしにやってくる。
わが家には、東側にも小さな庭があり、時折冬鳥のジョウビタキが舞降りてくる。
こちらの庭の植物たちはほとんどが、プランターで育っている。

挿し木から育ったため自然の樹型になってしまったベンジャミン、
これも自然の樹型になった幸福の木、冬は落葉し小枝だけになるハゼそして、
カンノンチクやアジアンタムハイドロカルチャーのミニヤシ、
毎年咲くが葉の多いスパチュフィラムなどが
この季節には部屋の中で育っている植物たちである。

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飛来したジョウビタキ。冬にやってくる渡り鳥である。

 

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寄せ植えの鉢

 

外では、軒下に薩摩ラン、春ラン、寒ランやフウラン
マンリョウヤブコウジ、プミラ、小さい芽がでているツリガネソウ、
ヒメウツキにジャスミン、椿、竣工祝にクライアントに差し上げた鉢から
ちょいと拝借し挿し木で育った名前が長くてなかなか覚えられない
ハチオラサルコイニオイデス、年々花が白くなるカニシャボ、
イネの仲間、イズスミレ、エビネ、カヤの仲間、
そして寄せ植えのクリスマスローズ、シラユキゲシ、ホトトギス
ラショウモンカズラ、今はないが季節になると実家からのリースのホタルブクロ。
その他に地植えになっているアイビー、シダの仲間、
お隣さんから参加しているヘビイチゴなどなどである。

こうしてなまえを揚げてみるとエーこんなにと思うのだが
そのわりにさほど多いとも感じないし、手入れもそんなには行っていない。
年々ふえるこの植物たちだが、実際増えて困ることもなく、
逆に増えるのも楽しみになりつつあるこの頃である。
また、この東の庭にはL字型に塀があり、
この塀に杉板を張り大工さんがただクサイという理由だけで
いやがった柿渋を塗ったのだが、これが二年置ぐらいに塗りかえなければいけない。
塗り替えは自分で行っているのだが、その時期は色が褪せて来たらが目安なので、
もう近々塗らないといけないのである。
もう何度も塗っているのでさほど気にはならないのであるが
塗った後の二~三日は柿渋の甘酸っぱい
そしてあの独特の匂いに悩まされるが、何でも馴れればよし、
であり塗った後の自然の美しさはまた格別のものがある。

 

*****

 

Vol.3「建築家シリーズ /アルバー アアルト ----その2 ユヴァスキュラ大学 1951~71」(06年3月)

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Jyväskylän Yliopisto Seminaarinkatu 15, Jyväskylä 1951-71 by ALVER AALTO
Photo by TEAM87

 

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Jyväskylän Yliopisto Seminaarinkatu 15, Jyväskylä 1951-71 by ALVER AALTO
Photo by TEAM87

 

フィンランドの南中央に位置する都市

ユヴァスキュラの自然の残る起伏のある林のなかにつくられた
このキャンバス( 1952~1964 )は、A.アアルトにより設計された。
その後、1966' にユニバーシティになるに伴い、
A.シピネンによるいくつかの校舎棟の新設とA.アアルトによる増改築が行われた。
前期(1879~1883)に建設された
K . キーヤック設計の校舎や、A.シピネンによるいくつかの校舎の建つ林を抜け、
ゆるい起伏のアプローチを歩いていくと、
正面にアアルト設計の扇型のプランをした本館 (1954~56) が姿を現わす。
1階の部分はほとんどがガラスで覆われ、
その連なるガラスの扉と一体化した直線的な把手がデザインされている。
木立ちを抜けたこの本館の奥にグランドが配置され、
その正面に高窓のロングウィンドウが設けられた体育館が位置している。
パラペット天端から設けられたこの高窓の美しいプロポーションと割り付けは見事である。
このキャンバス内のほとんどの建物の壁には、
K.キーヤックの校舎と同じくレンガが使用されている。
右下の写真は外壁の直角をなさない出隅のディテールである。
レンガの角を壁の角度にあわせるような役物的な扱いをせずにそのままレンガを
積みあげてある為か、自然な印象を受ける。

 

*****

 

Vol.2「建築家シリーズ / Timo and Tuomo,Suomalainen テンペリアウキオ教会 1969」(06年2月)

本来はこの「はじめに」があってから始まるのですが、
正月あけの1月から突然本文だけが、始まってしまいました。
これから掲載される「建築家シリーズ」と「人と自然と建築と」についての
少しばかりの説明をと思います。

この「建築家シリーズ」と「人と自然と建築と」は、
日本大学校友会桜門建築会きょうと/設計同人でつくる小冊子「れんじ」に
連載中のシリーズを毎月掲載していく予定です。
「建築家シリーズ」は世界的な建築家とその建築を紹介するシリーズで、
設計同人のメンバーが同誌で紹介したなかで私の担当分をご紹介します。
初回は「建築家シリーズ」からアルバーアアルトの自邸をご紹介しました。

また、「人と自然と建築と」は短編、長編、エッセイ、知人、友人のこと、etc.を含め、
前説つきのいろいろなんでもありありの書き放題のシリーズです。
勿論、私の建築作品のことについてもあります。
まちがい、乱筆など多々あり、特にボキャブラリーのなさに自負しながらも
楽しく書いております。

文章は「れんじ」に掲載したものをそのまま載せています。
そのために、文章と写真やページの説明など食い違いがありますが、
細かいことは抜きにして、お楽しみいただけると幸いです。

それでは、ご覧ください。

 

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Temppeliaukio Church,Helsinki 1969 by Timo and Tuomo,Suomalainen
Photo by TEAM87

 

 

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Temppeliaukio Church,Helsinki 1969 by Timo and Tuomo,Suomalainen
Photo by TEAM87

 

フィンランドヘルシンキにあるこの教会は、
地上に露出した巨大な岩山をくり抜いて創られた建物である。
街中をぶらぶら歩いてみると良く分かるのだが、
この国は岩盤の上に建っているのだと実感する。
至る所に隆起した大小の岩山が視線に入り、
湖のほとりにまで見えかくれしている。
この国では国民一人当り0.6mが義務づけられているというシェルターを備える。
教会のトンネル風のエントランスを抜け礼拝堂の内部に導かれると
そのすばらしい大空間にくぎ付けになる。
むき出しの岩肌が祭壇を包むように取り囲んでいる。
この時は、礼拝が行われている最中であったためか、
神父さんの声がその岩肌に適度に反響し、心地よい響きとなり、
その穏やかな雰囲気に引き込まれていく感じがしたのを思い出す。
屋根には、プレキャストコンクリートと思われる放射状に規則正しく並んだ
縦長の板状の枝が円形のドームを支え、
周辺部には採光のためのトップライトがサークル状に設けられている。
床面には、壁ぎわの岩盤との境に地域暖房システムによるものと思われる
グレーチング状のものがはめ込まれている。
トップライトから降りそそがれる明かりと浮遊したかのような床版から受ける感覚は、
重々しさを削減しているかのようであった。

 

*****

 

Vol.1「建築家シリーズ / アルバー アアルト」(06年1月)

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Aallon oma talo,Helsinki 1934-36 by ALVER AALTO
Photo by TEAM87

 

写真上左は、フィンランドの建築家アルバー アアルト(1898-1976)の
自邸のアプローチ、右下は同庭側である。
ヘルシンキの郊外ムンキニエミにあるこの家は、アアルトの初期の建物である。
撮影したのが5月の初旬(メーデーの後日ぐらい)であり、
北欧ではまだ少しはだ寒い時期である。
そのため、落葉した樹木が目立ってはいるが、
新緑の時期には美しいすがたをつくり出すことと思う。


野々部隆雄
1976 日本大学 理工学部 建築学科卒
1987 NONOBE TAKAO TEAM87主催
現在に至る

 

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