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人と自然と建築と

nonobe's diary

Vol.14「works - 02」(07年2月)

-------おいしい水

 

駐車場から事務所まで、すこ~し長い道すがら寺町筋の
ウインドウを見ながらから歩きます。
御所南の寺町筋は骨董品店などのウインドウに
生け花がのぞいていたりして、なかなか楽しめます。
季節ものをうまく見たてて生けてあったり店主の
心づかいもうれしいものです。
(事務所は御幸町夷川ですが)二条通りから御池あたりにかけては
看板店やら錫を加工したお店やら軒並み眼を楽しませてくれます。
この辺りから何故か離れられない訳はこのあたりなのかも?と。
そういえば仕事に飽きたら?、ぶらぶらしているのもそのせいでしょうか。

 

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下御霊神社:お水を貰う手水舎はこんな感じです。

 

寒くなるにつれ、暖かい飲み物がほしくなります。
あったかいお茶やコーヒーをいれるのには
おいしい水と相場がきまってます。
ぶらぶらと、いや、ふらふらかもしれないが
梨の木神社や近所の下御霊さんによくお水をもらいにいきます。
下御霊さんは寺町筋を丸太町通りから少し下がった東側にあり、
ポリタンク数個を持っているひともときどき見かけはしますが、
意外とすいてます。拝殿に手をあわせ、お水を貰って、
手水社の賽銭箱にお賽銭をいれてウキウキ元気に事務所に戻ります。

 

 

-------セカンドハウス/mizuho

 

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●車の上のほうにみえる窓はkittenの流し台の前のまどです。山の木立が気持ちいいです。

 


このセカンドハウスのある場所は京都市内から
北に1時間ほど車を走らせた瑞穂町というロケーションのよい山間にある。
長岡京に住むオーナーであるY.K.さんとY.obst.& ginec.の
院長である息子さん一家や嫁がれた娘さんたちが
バーベキューを楽しみにやってくる。
床は、段差を少なくして内やら外やら
駆けずりまわれるようにつくってあり、
普段お住まいになられている住処の感じとは
少し異なる木質系で構成してある。

 

 

-------木構造


建築という行為についてどんなことがお話できるか、
そしてどれだけ分りやすくお話できるか迷ったのだが、
空間や間取りそれに素材や色彩などに重きをおいて書くよりも
木構造の在来工法でこんな表現もできるということを
理解して頂ければと思い、木構造の構造空間の
表現の一例としてご紹介しようと思う。

セカンドハウスという特殊性もあるのだが創るうえで、
どこで常の住処と線を引くのかは難しい。
強いて言えば、ロケーションと地域の法規制からくる
外見の表現ぐらいだろうか。といってもどこがどうのという
こともない気がする。結局はことばで「常の住処」といえばそうなる。
図面に「居間」と書けば、居間として
機能するかのような気がするのと同じであろうか。

いつだったかずいぶんと前に何かの雑誌で
「うろうろするところ」とか「ごろごろするところ」などと書かれた
間取りの図を見たことがある。
ここは、1階2階をそれぞれ「広間1」「広間2」とよんである。
特に意味はないのだが、ただそう呼びたかっただけである。
スケッチをしているときにそう感じ、
ただ何となくそういうものを創りたかった。
フレキシビリティを感じる「場」を。

 

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●横張りの少し荒いめのスクリーンに、
 真鍮で造った表札を埋め込んでみました。

 

 

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●鉄で出来た筋違の止め金物

 

 

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●Second House-mizuho / wood structure
photo TEAM87

 

 


かたちは三角形に四角をくっつけたようなプランである。
外壁が仕上がっていない構造フレームだけの
次ページの写真を見て頂くとその形態がより明確になってくる。
なにか模型飛行機のような骨組みに見え、
また何かの骨格のようにもみえる。
このくらいのスケールになると少し華奢な感じも受けるのだが
実際まぢかで見ると結構力強い。
よこに通っている大きな梁は13メートル程あり一本ものである。
この梁とツインの柱の通りが45°に交差しているのだが、
交点は柱で受けていない。
60センチほど控えたツイン柱から跳ね出された
梁で中央を指示しているデザインである。
そのためガラスの壁面は構造体による束縛がなく、
より自由なファサードのデザインが可能となり、
このロング梁は13メートルも飛んでいるかのように見え、
ガラスの壁面はより均質な表情を表現できる。
勿論、竪に入ったガラス枠の見つけ
6センチの竪子もいざというときには、
はめ殺しのガラスと一体化し変型を防ぐのである。

屋根を支える成が18センチある垂木はそれを受ける梁の間隔
を少し広くしてあり、連続した登り梁のような構造にすることで
壁面同様に均質な表現を可能にし、また軽快な感じにできる。
壁の柱も必要以上の化粧柱を出さず大壁のなかにとりこんである。
同一面で柱などを見せたり隠したりするためには、
材料の断面寸法を変えるか同一部材を偏芯させるかである。
その為に生じる見え掛かりの納まりには必要以上に気を配る必要がある。
より心地よく過ごせる様に少しでも夏の暑さを防ぐように、
屋根と壁は二重になっておりその間を暑く湿った空気がぬけるようにしてある。
手をかざすとかなりの風量が抜けていくのがわかる。
写真を見てお分かりになると思うが軒や庇部分が薄く出来ているのは
こういった構造により表現できる。

雨期には湿った空気が動くことで湿気が緩和され、
冬期はこうすることで暖められた空気が登り内部結露を
起こしにくく壁面の結露による障害を多少でも緩和できるのは心強い。

 

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●桁の交点に柱はない。
 少しひかえてツイン柱を設けてある。
 建て方も始まったばかりです。

 

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●2階の「広間2」からのビュー
 交差部の内部のディテール

 

 


2階の「広間2」の部分は小屋裏部屋的ではなく充分な空間にする為、
軒の高さを少し高くしてあるので下の空間はかなり大きく感じる。
勿論ガラス面による開放感は言うまでもないが、
ななめのぶんガラス面の長さ(45°なので約1.4倍になる。)が長くなるのと、
ガラス面が吹き抜けから2階までのびその先がアイストップとならないことが、
より実際よりは大きく感じるのだと思う。

また、入り口は三枚引き込みのガラス戸にしてあり引き込んだ時、
エントランスにも庇が延びているので、
外そと と内うち はより有機的につながる。
造り付けのベンチの延長を、内うちの土間まで伸ばしてあるのだが
ここに腰をかけるととてもここちよい。

いつも建物のことをご紹介するとき思うのだが、
どのカットをどのようにお見せしたらよりわかっていただけるか、
より感じていただけるか、難しいかぎりである。
かなりの舌足らずな自己満足的な表現であると自己採点しているのだが。

最後に、この建物を演出する小物たちの紹介で終わらせていただこう。
次ページの上、右から土間の壁に設けられた
コート掛け(下の左写真に見える。)と2階のベンチ脇に埋め込まれた木製のヒートン。
そして次ページ下の写真左から階段手すりの木口と
下の左写真に見える「広間1」〜土間にもうけられたベンチの背もたれの木口である。

 

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●壁面全体が窓になっています。
 土間づたいの入り口のガラス戸は三本とも引き込まれオープンとなり
 外そとの土間と内うちの土間が一体化します。

 

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●浴室とテラス
 窓は片引き込みでガラス戸の枠は見えない納まりにしてある。
 テラスに立ってみると判るのだが、低い手摺で手摺子もなくして
 あるので少しでも恐さを感じさせない工夫をしてあります。

 


一口に木構造とは言っても伝統的工法から現在にいたるまで
いろいろな工法が考えられ、仕口の造り方ひとつで、
現在では木造ラーメン構造まで可能になっている。
今、私の事務所では連続格子組による耐力壁を用いた構造
(構造計算上は余力として期待してある。)で
そのままそれが意匠となる御堂の工事が進んでいる。
機会があればご紹介しようと考えている。

木構造そのおもしろさは留まることはなく、
テクノロジーの進化により可能な限りの展開をしていく事だろう。

 

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●左の上下にみえるのが木製ヒートン。
 引っかけ金具です。右は木製のコート掛けです。

 

 

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●手摺の木口です。ビーンズと呼んでます。

 

 

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●下の広間のベンチの背もたれです。
 こんなかたちをしています。背が汚れてきたらこんどは
 ペーパーコードを巻いたら綺麗だと思います。

 



 

*****

 

Vol.13「endless thema - 9」(07年1月)

-------建築家シリーズ?

 

「建築家シリーズ」に書こうと、この秋この目で見て来たばかりの建物がある。
簡単にと思ったのだが到底無理だと判り本編にてご紹介することにした。

 

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●大玄関:表門を入り稲穂垣という少し透けて見える垣根を左に行くと右手に見えてくる。

 


その敷地は、高野川と賀茂川の合流地点から少し下がった鴨川のほとりにあり、
敷地の軸線はまっすぐ東山の大文字に向っている。
1944年に建てられた茶室のある茶苑に
1963年に増築された住居部分が対比的に建っている。
と、ここまで書けばお分かりになる方もさぞかし多いだろうと思いますが。
そう、増築部は建築家吉田五十八の作品である。
そして、茶室を含む一連の数寄屋建築は、京都の名工北村捨次郎の作である。
大文字の正面に位置する茶苑に増築されたこの住居は、
吉田五十八 69歳の作品である。
玄関部分は、北村捨次郎作の寄付から四帖の間、
立札席とのつながりを考慮した計画がなされている。
立札席は付書院のある床tokoのついた和洋折衷のデザインで
床yukaの仕上げはパーケットフローリング、
床tokoの飾り棚は紐が巻かれた金属棒で吊られ、
天井は杉の目透かしに銀色に塗られた目地が入れられている。
モダンな造りである。そして、土間に降りる敷居には石がつかわれている。

 

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●左:立札席の天井。目地は銀色に塗られている。
 右:渡り廊下に、木立から木漏れ日が差し込んでいる。
   肩の力が抜けるここちよさである。

 


立札席から土間にでて渡り廊下を行くと待ち合いがあり、
ちょうどこの待ち合いと茶席の間からは吉田五十八設計の
Livingの室内をかいま見る事ができる。
大きくL字型に開け放された窓を通して陽射しの当った奥の壁まで視線が行く。
茶席の玄関に足を踏み入れると、茶席に向う心を後押ししてくれるかのように、
池に迫り出した縁がある小間は孤蓬庵の忘筌を小粋にしたような感がある。
この奥にある茶席は、丁度招客の位置から庭を通し賀茂川から東山の大文字が
見渡せる広間となっている。写真は広間廻りの襖の引き手である。
広間と次の間の境の四枚引違の襖にはいろいろな意匠の引手が使われ、
恐らく骨董を用いたと思われ、見る目を肥やしてくれる。
下中央の写真はすだれ吊りの金物であるがよく出来ている。
随所に粋なつくりがほどこされたこの建物には、
客を迎え入れる心が生き生きとした表現でつくられていて、
緊張感のなかにやすらぎを見る思いである。

 

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●4点とも襖の引き手。

 

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●左:小間の前にある廊下。忘筌を思わす。
 中:簾掛けの金物
 右:左の廊下をまがったところにある地窓の竪子だけの障子。

 


北側の住居部分は伝統的な数寄屋建築とは表現のしかたが違う
吉田五十八の近代和風と言われる作風だがまた思いは同じであろう。
二間続きの広間のある和室には、吉田五十八好みと言われる作風の幾つかが見られる。
天井に掘込まれた溝(右から二番目の写真)をつたう荒い組子の水越障子、
その溝である底目地と組み込まれた照明器具のカバーの納り、
天井いっぱいありながら上部の開いた襖はそれの当たる柱が
回転し(下左の写真)壁のなかに納りきる、
納りきった状態は天井に目地しかないために二室は
十五帖(八帖と変型の七帖)一部屋に見える。
壁とその見切材が角でテクスチャーが変わる八掛納り、
畳からフラットにつながる縁側の床板は目地無しの突き合わせの納りであり、
とても40年も前の時代のたてものとは思えないほど斬新である。

 

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● Kawaramachi-imadgawa kamigyou Kyoto
  1963 by ISOYA YOSHIDA
  photo:TEAM87

 

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そしてこの八帖の広間につながるLIVINGのプロポーション
すばらしさは一体何なんだろうとさえ感じる。
高い天井とそしてL字型に開口する建具はすべて解放され、
内にいることさえ忘れてしまうかのような錯角を覚えるのである。
また最後になったが、既存の取次ぎと取り合う大玄関も
吉田五十八好みの造りが随所にみられ、
腰付き障子と雨戸がこれもまた袖壁に納り切るように出来ている。
写真下右は戸が納ったところである。なんとも美しい造りである。
北村捨次郎と吉田五十八、なぜか先に出来た捨次郎の立札席に
接点が見い出されるのではないだろうか。

 

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●左:玄関の天井。竹のなぐり仕上げになっている。
 右:玄関の雨戸と腰板付きの障子が引き込まれた状態
  1963 by ISOYA YOSHIDA



 

*****

 

Vol.12「endless thema - 8」(06年12月)

-------陶器製の釘隠し

 

以前に掲載した釘隠しの焼物がなかなかうまくでき上がったので紹介しようと思う。
(陶芸家のY.S.さんは、第6回の「Y.S.さんの登り窯」に
登場していますので、そちらを御覧ください。)
焼物というものは、いろいろな可能性を含んでいるのかもしれない。
建築に使えそうなことを思案しているところである。
プロダクツデザインとまでいくとコストのことや売れ筋など気になってしまうが、
一件ごとであればかなり自由きままに制作できる。

 

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●Original KUGI-KAKUSI
陶器製の釘隠しです。床柱はクライアントのWさんの思い出の
いっぱい詰まった既存の柱の再利用です。
75mmの長押成は空間を大きくみせてます。
photo TEAM87

 


今回はスケッチだけを渡して制作をお願いするつもりだったが、
Y.S.さんの工房の近くに行ったついでにおじゃましたのが運のつき。

  「ちょっとつくっていったら。」

と、Y.S.さんの一言でモデルの制作を自ら行うはめになってしまった。
まあ形が簡単なのでポイントだけ強調してつくればいいかと思いきや
土いじりには素人の私にとってはめっぽうディテールが気になる。
ここは気もち的にこう反るようにとがらせて、
ここの角度はこのくらいで、この巾はこのくらい。
あ゛~、削りすぎてしまった。最初はしっとりとした感じの粘土も、
つくっている時間がかかりすぎると手の熱で徐々に粘土が乾燥してくるのである。
悪戦苦闘、だんだんと乾いて粘り気がなくなりもろくなってくるのがわかるのだ。
ついには大事なエッジが欠けてしまった。

  「このくらいなら、唾をつけてくっつければ大概は元に戻るよ。ほら。」

とY.S.さん。しかしながら、このまま仕上がるわけではない。あと何工程もあるのだ。
いくらディテールに注意を払ってもそのとおりには出来上がってこないのだ。
自然乾燥させ上薬をかけ窯で焼く。かたちはひずみ、変化する。それも美しく。
ここに予測や読みの感性が加わるのである。 ふむむむ。なんか、かっこいい。

  「粘土あげるから、いろいろつくってみたら。」

なんとも、簡単に言ってくれるではないか。喜び?勇んでいただいて帰った。

 

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●Original KUGI
形と上薬、焼け方、鉄分の入り方やつやの関係は微妙に影響しあう。
写真では分かりづらいでしょうが、それぞれに違う資質をもっていて比べると面白いです。
説明するのが、本当に難しいのです。

 


数カ月後、モデルをもとに何個か作成してもらった釘隠し、
出来上がったということで工房に出向いた。
なるほど、出来上がった釘隠しはやはり同じものはふたつとなく、
いろいろな表情で語りかけてくる。
艶の感じ、上薬や貫入の状態、鉄分のはじけ具合。
特に、Y.S.さんの粘土は完全に生成をしたのではなく、
適度に鉄分を残し焼くとはじける。
あまりはじけ過ぎたものは商品にならないらしいが、
私などは、はじけ過ぎたと思われるものも好きだ。
そして、性懲りもなくこの前いただいていった粘土で造った
自作の少し違うデザインのものを手渡し、
窯に入れて貰う約束をし、帰路についたのである。

この釘隠しは、竣工祝いとして設計者からのクライアントへのプレゼントである。
数日後、その中から住み手である
クライアントのW.T.さんに好みのものを差し上げた。
W.T.さんの家の話しは、計画を始める頃のことをvol.1にも少し書いたが、
後号にて詳しく紹介しようと思っているのだが、
和室の襖には和紙に版木で押した京からかみという唐紙を使ってある。
この唐紙、数年前まではベースとなる
和紙の色や版木のほうの色を自由に頼む事ができたが、
いまではごく僅かの決まった取り合わせしかない。
それは、江戸時代からある版木自体が磨耗して、
色を変えるとそのたびに版木を洗う事となりいたみ、
というよりもうすでにいたみが激しいらしく対応できないということらしい。
使う側からすれば、残念なことであるのだが・・・。

何はともあれ、建築という媒体はいろいろなことに関われ、そして経験し、知識となり、
新たに可能性を追い求められるのは嬉しくもある。
取り付けられた釘隠しは美しく存在感を示し、そして微笑みかえしてくる。

 

 

 

-------ここでお知らせです。



第9回に掲載したパン屋さんの「kiitos」の場所をいろいろな方から聞かれました。

 ----場所どこ?
 ----どうやっていくの?
 ----なんで地図はないの?
と言われても、グルメ雑誌でもなければCMでもないのです。
しかしながら、熱心に読んで頂いているとよくわかりました。
という訳で、感謝?をこめて地図掲載します。

 

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kiitosの前の道を挟んで向いの食堂の窓先で揚げ物をしております。
ここでコロッケを買い、kiitosで円盤型のジャガピタを買い、急いで家に帰り、
キャベツを千切りにしてはさみ、
お好みでウスターソースをかけてお召し上がりください。
但し、食堂はお昼からですし、
kiitosのジャガピタも焼けているか確認してから買いに行ってください。

なぜか、今回はこんな調子で終わってしまいます。



 

*****

 

Vol.11「endless thema - 7」(06年11月)

-------うちの玄関の脇にある猫額の前庭にメジロがやってきた。

 

この原稿を書いている時期なので11月下旬である。
メジロは近所では見かけたことはあるのだが、
うちの垣根を広げたほどのこんな小さな庭に
やってくるとは思ってもいなかった。
以前から松の木の根元の道路の側溝きわに、
よく鳥のフンが落ちていることがあった。
それも小さな鳥のようだったので、雀だろうと思っていたのだが、
その仕業がメジロ(たぶんそうだと思うのだが。)
だとは考えてもいなかった。
メジロは小さな虫を餌にするだけではなく花の蜜も吸う。
きっと、椿とさざんかがあるので蜜を吸いにやってきたのだろう。
あわただしく枝々のあいだを動き廻っているさまは、
なかなか愛くるしいのである。
こんな突然の訪問者にシャッターを切るのも忘れ窓越しに見いってしまった。
小さな自然はいいものである。

 

 

-------家具の再生

 

●Re design furniture's - 03’

 

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美しい金物
以前に手がけた家具。左はクワの茶箪笥の戸の引き手。
鏡板には京唐紙を貼った。さざ波模様に千鳥の引き手である。
下もクワの整理箪笥で、銅製の引き手は少し赤身を抑えた素銅
(すあか)色に仕上げた。 本体は、二本とも塗装をかけたあとに
一度塗装をおとしペーパーで磨きあげてある。
材質によってはう方法もある。
Remake furniture's

 

 

●Re design furniture's - 03’

 

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今回再生した家具の金物の一部。

 

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磨き上がり取り付けられた金物。

 


いま家具の再生をしている。
無論、実際の作業は職人さんにお願いするのであるが、今回は三本ほど再生する。
そのうちの一本は漆の長持で木部と金物を再利用して
違うデザインの家具にするのである。
あとの二本は金物の仕上げや塗装の種類などを換える予定である。
単に仕上げといっても、その種類や色、光沢の程度などさまざまであるが
少し変えるだけでも別物になる。
まあ、この辺が腕の見せ所となるのである。

古い家具は木質の良いものがある。
そういったものは洗うだけでも十分だが、無垢であれば
表面の塗装を落としペーパーをかけ、材質が違っても
その風合いを楽しむべく仕上げるのもいいと思う。
木の材質に依っては水ペーパーで仕上げるだけでも充分手ざわりがよくなる。
勿論、金物も仕上げし直すか、または洗うだけでもいい。
日用使いの家具であれば手垢ぐらいなら消しゴムでも
れいになるのでペーパー掛けで十分な場合もある。
余程頻繁に使用するものなら汚れ防止程度にvol.1に掲載した
蜜蝋WAXでいいと思うし、仕上げの程度は好き嫌いもあるのだが
せいぜいオイルフィニッシュぐらいがいいかと思う。
いつまでも? 使い初めと同じ状態を好むというのであれば、
最近はウレタンでも下地の感じの残るものもある。
しかしながら、無垢の木はすこしづつ木肌の変化と
色あいを深めるのがいいので、せっかく無垢材の家具を使うのであれば
その辺を考慮しつつ仕上げを決めるのがいいだろう。

古い家具にはなかなか形のいい金物がついている。
材質によっては、磨くだけでそのもののもつ美しさのよみがえる金物もある。
また、表面の仕上げを落とし、色づけの方法や、その艶の具合を変えるのだ。
今回手がけた箪笥のうち、塗りの箪笥は現在もまだ塗りの方法の
検討をしているところであり、もう少し時間がかかる。
雰囲気は、全体を元の色に近い少し黒みがかった溜ぬり風にしあげ、
再上段の戸袋の戸の鏡板だけを生地の感じがでる
赤みのある色に仕上げる予定である。
引き手などの金物は鉄の煮黒味仕上げであったために、
後述の金物と同じくOILで仕上げるつもりだ。それは、風合いを残すため
汚れや錆を落としOILのフィニッシュで仕上げる事により、
本来の煮黒味仕上げに比べ深みのある感じに仕上がる。
古い感じを残しながらより美しく仕上げるにはなかなかよい方法である。

 

 

●Re design furniture's - 03’

 

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金物を取り去り、洗い終わった家具。

 

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素地が傷み荒れている。

 


もう一本の桐の箪笥は、本来の桐箪笥の仕上げかたではないが、
オイル拭きという仕上げにしている。
本来、桐の箪笥はキズやカケた部分を補修するために
胡粉を砥の粉にまぜた「めじろ」というものを塗って仕上げる。
そのために白っぽい感じになるのだが今回は手触りが
充分いい程度にペーパーをかけオイルを塗っただけで、
丁度、木材が濡れたように仕上がり
時間と共に落ち着いた光り具合になっていく。
日本ではなかなか入手しづらいらしいこのオイルは、
日々徐々に光沢が増してくるのだそうだ。

金物は、引き手の持ち手の部分がスズの模様彫りになっており
留め具の部分は黄色みがかった銀色のメッキがされ、
上段の戸袋の戸の引き手も銀のメッキが施されている。
やはりひとつづつ磨きをかけOILでフィニッシュしてある。
2~3分の艶のある濡れ色の箪笥に艶のある銀色の金物が光っている。

これらの金物の修理は協力していただいたKUMAKURA工務店の社長
じきじきの手作業と指導である。
この金物に使用したOILも、かなり特殊なものらしく入手も大変らしいが、
自然のOILなので手に触れるところなどに使っても
特に気にかけることもなくその点は安心である。
勿論、通常はとある別の用途に使用するものらしく、その為という訳ではないが
しっかりと下地に定着し、さらっとした手ざわりに仕上がるのはうれしい。

修理した箪笥はさほど質のよいというものではないが、
手塩にかければ当然質はあがる。二本とも薬品洗いをしたのだがやはり木は痛む。
木肌が荒れてささくれ状になっている。割れている鏡板や開いた仕口など、
指物もできる大工の棟梁のWさんはこの状態から元の状態近くにまで戻してくれた。
職人のなせる業である。

 

 

●Re design furniture's - 03’

 

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上の金物は、箪笥を持ち運ぶのに使う取っ手である。
普段は金物の中に納るように出来ている。
中下段は天板から少し持ち上がってい
てズレ防止の役割もはたすという
優れ物の金物である。

 

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加工場の雰囲気はこんな感じ。
右端にみえるのが、指物も出来る棟梁のWさん。
掛軸入れに作り直した長持は、まだ黒塗の部分が残っている。

 


もう一本の杉でできていた黒く塗られた長持ちは
掛軸入れの箪笥に変貌した。長持ちのふっくらとした上板や側の板を
そのまま使い、塗装を削りとり美しく木目が出るように桐の箪笥と同じく
オイルを塗り込んである。
封じ込められていた木目がいま呼吸をしているかのように語りかけている。
正面の鏡板は黒塗りのイメージを残し、この鏡板をはずすと
内部に掛軸を入れるための桐の箱が三段収まっている。
勿論、金物も磨き上げOILでフィニッシュしてある。
こちらの金物は真鍮と鉄のものがあり鍍金がされていた。
これを磨き、すこし艶のある仕上がりにしたのだが、この銀色にひかる
キラっとした表情がなかなかの感じに仕上がっている。

何故かうまく出来上がるとうれしい。
自分で造っている訳でもないのに何かたのしい。
きっと、この WORKS にかかわった人達もたのしく仕事したに違いない。
決して勿体ないからというのではなく(ちょっとはあるが・・・)、
といって、古きを重んじるわけでもなく(やはり、ちょっとある。)、
まして文化財的価値などあるはずもないが、何か豊かな思いが伝わってくる。
確かに材料は変形を許さないほどに十分乾燥している。
「もの」としてはさほどでもないだろうが「質」はいい。
どの素材をどう生かすか、質をどう捉えるか、
そしてどれだけの気持ちでかかわれるかということだろうか。

 

 

●Re design furniture's

 

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左と中は作り直した掛軸入れ、そして右が桐の箪笥。

 


という訳で、いろいろな方々のご協力でなんとかでき上がった家具たち。
それぞれの持ち場で輝いてほしい。
やっぱり、楽しい WORKS はいいものですねえ。


 

*****

 

Vol.10「works - 01」(06年10月)

-------コンクリート打ち放し

 

今回は、いまから丁度3年前の2003年9月号の校友会小冊子「れんじ」に掲載した
「表紙とその解説」を一部修正してご紹介いたします。

 

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無垢の木は表情やあつかいかたによりおなじものは二つとなく
そのテクスチャーには魅力がある。
しかし、コンクリートもその打ち上がりには表情があり、
無表情さは感じられないし、無機質的な感も受けたことが無い。
特に自分の設計した建物にそう思うのは、たぶん私だけであろうか。
表紙の建物は、JR名古屋駅から名古屋城の方向に7~8分、
ビルの谷間を抜け目指すは鉄塔の立ち上がるレスキュー隊のある
消防署の道路を挟んだ南側にある。幹線道路とはいっても11mあり、
15.5mと20mある道路の三叉路の交差点から二軒目である。
昔は路面電車も走り那古野町の電停といえばすぐに判る場所であった。
住宅地ではあるのだが駅が近いということもあり高層ビルもちらほら目に写る。
将来はビルの谷間になるのだろうかそんな雰囲気もある場所で、
本来なら中庭にし居室はそれを取り囲むように計画すべきだろうが、
ここはそれとは少し違う感じを受ける。
さほど広くはないが外部に対して開放的なオープンテラスを持ち、
そこから見えるオフイスビル群の夜景を手に入れるのも
都市に住む魅力の一つであると考えるのである。
マンハッタンのペントハウスではないが三階の住居の居間のテラスからは、
40数階建の国際センタービルや名駅ツインタワーも見え特に夜景は美しい。
住居の4階には、基準法上は物入であるが
ペントハウスならぬロフト風のスペースも設けてある。

 

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N-dental clinic & 2 family's home / TEAM87
3-meieki. nishi. nagoya.

 


構造的には、一階が車庫ということもあり二階の医院の床下配管等の
メンテナンススペースとしての逆梁工法を採用し、
全体はコンクリート造の柱と梁からなるラーメン構造という構造であるが、
外壁と主要な床および直通階段以外の内部間仕切りはすべて木造にしてあるのは、
将来を考慮しコンクリートで壁をつくらない計画を心がけてある。
ただ、敷地の間口が狭いためにスパン方向が単スパンとなり
(桁行の柱間が1つの構造)骨太な感じがするために、
外観はラーメン構造を思わせないようなデザインを
随所に設け骨太の面影を軽減させてある。
この建物はコンクリート化粧打放しではあるがVol.2に掲載した
千葉のS氏の診療所のように横使いパネルに縦横同ピッチの化粧木コン割りではなく、
3’×6’縦使いパネルに6本/枚の化粧木コンを基本に割り付け、
柱廻りの重なるセパレーターはずらしながら必要なものは必要な位置に設け、
特に窓廻りなどのパネル使いに気をつけてあるので、自然さは失っていないと思う。
最上のロフト廻りの打放しは打ち上がったときに木目の出る杉の本実型枠を使用し、
スチールの鋼材を打ち込んだ小庇を設けてある。
また開口部およびその周辺部のディテールにも気を配り建物のイメージとなる
木を使ったハンガー門扉とその上部の窓にはアルミの面つけサッシの廻りに
アルミのフラットバーとスチールの型鋼を取り付けるなど
コンクリートとの取り合いには十分な検討をしてある。
もちろん、その他にも庇の先端部など随所にスチール材を打ち込んだ
ディテールを採用し、空中に浮いたイメージのガラス箱や
階段室のガラス箱からは光りが充ち溢れ、
また、ベランダの自立ガラスの手すりの握り部分や、
診療所に上がる階段の手すりには外部ではあるがあえて木を使用してある。
これら細部のディテールは適度の緊張感を持ち、
行き交う人にさわやかな印象を与えていると思う。

 

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N-dental clinic & 2 family's home / TEAM87
3-meieki. nishi. nagoya.

 


竣工時に交差点から眺めていたとき、信号待ちの二人づれの女性が、
「きれいな建物だね。」と話をしているのが聞こえてきた。
うれしい気持ちが今も脳裏に浮かぶ。

余談ではあるが、この建物は、内部のスパン方向のコンクリート壁が少ないため
余力を持たせながらの保有水平耐力の検討をしている。
一般的にはコンクリート量に比して鉄筋量は減るものなのだが、
それでも鉄筋量は多く感じる。いつも思うことだが、
うまくコンクリートの骨材が鉄筋の間をすり抜けていくだろうかとよく思う。

コンクリートに対する鉄筋量の増加は理論上は安心なのだが
現場を見るたび感じるのはコンクリートの骨材が
うまく流れていくかということである。
鉄筋が多すぎてかアンカーやパネルゾーンなど
交差する部位は鉄筋だらけである。
コンクリート自体の練の度合とはうらはらに、コンクリートに混入された骨材は
これらの鉄筋の合間をぬって一層下部にまで達するのである。
自分が骨材になり鉄筋の合間をぬって下までいけるかどうかの
コンピューターゲームでもあれば面白いだろうとおもう。
きっと鉄筋や番線やらスペーサーやらセパレーターや電気や設備の配管などに、
途中で何回も食い止められ、時々バイブレータがかかり抜け出すことができ、
そのうち体から水分が分離していき脱水状態一歩手前でふらふらになり、
そして、もがきあがいているうちにゲームオーバーとなる。
ああ、もうあと少しというところで・・・・・。
コンクリート打とはまさにこんなゲームそのもので、
さしずめ、たどり着いたコンクリートは最高得点ということになる。
それだからこそ打上がったコンクリートは美しいのだろうか。

 

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N-dental clinic & 2 family's home / TEAM87
3-meieki. nishi. nagoya.

 



 

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Vol.9「endless thema -6」(06年9月)

-------kiitos のT.H.さん

 

今回は、前号vol.5に名前がでてきた
北欧「フィンランド」のパンの店 kiitos とT.H.さんのことを紹介しようと思う。

 

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kiitos は、こんなお店です。
どうぞ気軽にドアを、お開けください。

 


どうしたらこのT.H.さんを小奇麗にできるか。
きっとT.H.さんを知っている人は皆そう思っているにちがいない。
でも、このT.H.さんの作るパンはとてもうまい。
うまいパンをつくるパン職人はいくらでもいるだろうが、
グンを抜くうまさであることは間違いない。
「あっ、これうまい。」とだれでもわかるものに、
北欧のパンではないがグラハム食パンというのがある。
皆さんが食べなれている食パンと食べ比べてみればそのうまさが判ると思う。

T.H.さんはもともと料理人であるのだが、何故かパン職人になってしまった。
そのせいかサーモンの薄切りをするときの包丁さばきは
ただものではないことがわかるくらいにうまい。
皮を下に身を上にした状態で、左手で皮をつまみ右手に持った洋包丁を
左から右にサーモンの身を薄く削ぐように包丁をスライドさせていく。
ご存じの方もいらっしゃることと思いますが、
サーモンのディル風味というのは簡単にいえばマリネである。
ブラウンシュガーを入れたディル入のオイル付けなのだ。
当然オイルで手はすべる包丁もすべるといったように
なかなか慣れないと薄く切れないのである。
それを当り前のように切っていくのだ。
この薄切りのサーモンを、パパン・レイパという少し酸味のあるライ麦で焼いた
硬めのパンにオニオンと粒マスタードを添えて食すのである。
フィンランドは北欧に位置するので
本来きつめのウォッカなどに合うのだろうが、ワインにもとてもよく合う。
わが家ではシチューの日に食すことが多いが、
パンはパパン・レイパだけでなくルイス・リンプや、
言わずとしれたジャガパンとジャガピタにもこのサーモンのディル風味をのせる。

 

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写真中・右:作業中のT.H.さん

 


ワイン好きの方なら、フランスパンをかじりながらのワインというのが
お好きなかたもいらっしゃるでしょうが、
それならばkiitosのじゃがパンをほおばりながらの赤ワイン。是非一度ご賞味を。

そして、近作のいちじくとくるみ入の「妖精のまくら」や
クランベリー、杏、レーズン入の「魔女のつえ」など、
名前は別にして、うまさがにじみ出てくるのである。
ほんのりとした甘さがワインによく合う。
ほかにもいろいろあるが、どれもうまい。
横文字に弱いのは私だけかもしれないが、フィンランド語の名前が難しく、
前になにを買ったかが区別しづらい
(形も区別しづらいかもしれませんが・・・。)ので、
ケースに並んだ順番に食していくという方法もいいだろう。
たまに順序がかわっているのでごめんなさい。

またカリャラン・ピーラッカというフィンランド
カレリア地方にあるパンと言っていいのかどうか判らないが、
ミルク粥を薄いライ麦のパン生地で包んである
カレリアパイというものがあるのだが、
食べ方はゆで卵を細かく刻んでバターとあえたムナボイというものを、
暖めたカレリアパイにのせて食すのだ。
食べて見ればわかるが、なぜかうれしくなるような味である。
これもkiitosで買える。

添加物を使用しない旨みは穀物のもつ旨みそのものであり、
全粒粉のライ麦や小麦の穀物を野性酵母天然酵母
その旨みをさらに増してくれるのだろう。

kiitosには、外人さんもよく買いにくるし、
遠方からわざわざやってくるひとも多い。
低インシュリンダイエットのブームのときは
インターネットでの注文の発送で、多忙のようであった。
それにT.H.さんの人柄もあり女性ファンも多い。

 

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写真左が焼き上がったばかりのじゃがパン。
じゃがいもが生地に練込んであり普通のフランスパンより香ばしい。
写真右の左下がカレリアパイ

 


興味のあるかたは、kiitosのホームページ
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kiitos/ で、どうぞ。

本当にマエフリだけになってしまい、タイトルの「人と自然と建築と」にそぐわず、
といってもサブタイトルの「endless thema」にはぴったりの「人と食い物」
(ちょっと表現が悪くすみません)になってしまいちょっと反省しているが、
次回こうご期待というところである。



 

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Vol.8「endless thema -5」(06年8月)

-------蕎麦屋で一杯

 

蕎麦をあてに酒を飲むのはなかなかいいのである。
それに、蕎麦のうまい蕎麦屋のあては格別うまいし、
あてがうまい蕎麦屋は蕎麦もうまい。
箸も細めで特に先がすーと細くなっていれば、当然蕎麦もうまい。
そもそも江戸における蕎麦屋という場所は、カフェの居酒屋版みたいなもので、
一杯やりながら交友を深めたり情報交換したりという場所だったらしい。
私の住んでいる北区に大徳寺というお寺があり、そこを南の方へ下ったところに、
うまい蕎麦屋がある。
うまい蕎麦というのは、そのままでも旨いし、
岩塩を少しつけて食してもこれまた旨い。
勿論、冷たいざるなどがよく、山葵やさらし葱など入れないで、
つゆにつけて食うのだ。途中で口直しにそのまま食し、
残りをまたつゆにつけて食すのだ。
勿論、酒は最初にあてと蕎麦でやるのがいい。

こう書いてしまうと酒のみのように思えるのだが小生は決して酒のみではない。
すぐに酔ってしまうので小さめの蕎麦猪口でもう十二分なのである。
うまい物好きといってほしいのだが、休日でも昼間蕎麦をあてに一杯というと
何故か他人の目が気になってしまう。ちょっとが止まらないひとは困りものだが、
ちょっとで十分な私のような者にはこのうえもなくうれしいものだ。
人に聞くところによると、スペインやイタリアでは午後の昼食をとりながら
ワインやビールを飲んで楽しく過ごす。
お国柄なのだろうが、わが国でも市民権を得たいものだ。
勿論そこには良識という二文字がついてまわるのはいうまでもないことなのだが、
これが守れない人が多く困りものなのは、日本人だけであろうか。

上御霊さんの参道を少し下がったところにも旨い蕎麦屋がある。
ここにはあてはないが酒はある。(あつあつの蒸したてのそば饅頭はあります。)
近くの魚の旨いスーパーに女房のアッシーで買い出しに車でいくときに寄るので
残念ながら酒は飲めないが蕎麦は旨い。
二八の細めんで、大ざるを一枚食してから買い出しに行くのである。
蕎麦は二八というが、私はそば粉100%の荒挽きのほうが好きだ。
また、白くなるくらいに丁寧に丁寧に挽いた蕎麦もいい。
細目に打ったこいつは腰があり喉越しがよくするっと食せる。
などと考えていると食いたくなってくるのだ。
N.Y.さんと「蕎麦屋で一杯」の約束をしたのを思い出したのだが、
今、風邪をひいていて電話出来ずにいる。
治るのを待ってさっそく連絡する事にしよう。



・・・・・・今年は正月早々から風邪をひき、体調を崩してしまった。
それがよかったのかすこしづつ徐々にテンションも上がってきた感がある。
急にテンションが上がるとそのあと長期に持続するのが難しく
すこしづつテンションも下がり五月病風になっていくのだ。
ことしは風邪のおかげかどうかスローなテンポでブギウギであった。
それで、色々と原稿の書き溜め?も出来たのである。

某建築専門学校で建築設備を教えているU.T.氏にもこの小冊子を届けている。
学生諸氏にもこの小冊子を実務的な見地からということで
学校の図書室に置いてくれているのだ。
それを思うとこんな内容でいいのだろうかなどとも考えているのだが・・・。


 

ますますマエフリと本文の区別がなくなる。
終いにはマエフリだけになってしまうかもしれない。

 

 

-------N.Jさんの織物

 

私の知人で紡ぎ織りをしているN. J.さんという人がいる。
正確には女房の友人といったほうがいいのだが、通称 shi-ba といい、
ひょんなことがきっかけで絹のマフラーを編んでもらうこととなり、
急がないので時間のあるときにとお願いしてあったのが出来上がったということで、
昨年の暮れ恒例? の食事会も兼てオジャマする事とあいなった。

 

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絹のマフラーは、やさしい肌ざわりと
その深みのある光沢が魅力です。
陽のあたりかたによってその表情は変化していく。

 


N夫妻は夜景の美しい宝塚の雲雀ヶ丘という高台で暮らしている。
高台と言うだけあってさすがに急な坂道のずーとずーとずーと上である。
今回は二度目の訪問で、前回オジャマ虫をしたのは夏の真っただ中、ちょっと??
暑かったが自然の風がきもちいい日で、すこしくたばって?!いたのだが・・・。

この家には、林太郎(くれぐれも林でくぎらないでください。
フルネームは、N.林太郎である。)という鼻先が黒い色の雑種の犬が
敷地の中を駆けずり回っています。
もうすぐ三才ですが、しつけもすこしできていて、
わたしの言うこともわかるようです。足にしがみついてくるのは最初だけで
ちゃんと「伏せ」もしますし「待て」もします。
特に「待て」ができるのは自分を抑えることを知っているのです。
人を噛んだりするのはいけないことだとわかっている犬は、
大きめのたべものは口でそっとくわえます、決してかんだりはしません。
そして、小さいたべものは舌で舐めるように食べます。
犬とプロレスをするという犬煩悩なご主人のN.Y.さんは
私たちの着くのを待っていたかのように、着くなりビールが出てきた。
うれしい。やはり、昼間っからのビールはうまい。

N. J.さんは糸を紡ぎそれを染め織物を織るのだ。

 

 

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織り機

 

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織り機

 


それも自然の染料を使用して染め、紡ぐのは写真の器械というより
木でできた道具である。 糸は、麻、ウール、絹とおおよそなんでも
紡ぐことができるものであれば可能でしょうか。
この紡ぎ器は足で踏むのだが、踏み方は一定でもリングの部分の金物には
糸の送り方で適度にブレーキがかかる。
というよりは車のクラッチのようにうまく空回りするように出来ており、
シンプルであるが仕組がおもしろくできており、
紡ぐ糸の太さを自由に変えられるようになっている。
この紡ぎ器は手作りらしくあまり数が出てなく入手するのは大変だそうだ。
形とデザインは昔も今も変わらないといったデザインである。
私などはこの紡ぎ器に興味をひかれ、少し素材やデザインなど考えながら
紡ぎ器を制作すると面白いものになりそうと思うのであるが、
以前にこのことを話したのだが、この素朴な感じがとてもいいらしい。
こうしてでき上がった糸を織り器で織っていくのであるが、
イメージした作品はいったいどの段階で色になりかたちになるのだろうか。
でき上がったいろいろな糸から形にしていくのだろうか
それともイメージしたものが最初にありそれに合わせた色やテクスチャーの糸を
紡ぐのだろうか。「卵が先か鶏が先か」と同じかもしれない。
などなど考えるとやはり建築を技とする私にとって
たぶん後者なのだろうと思うのだが、反面、建築は完結した個の集合もしくは
連結により全体を形成するという理論も成り立つので、優柔不断な私の場合
きっとその中間的にケースバイケースな思考をうろうろしながら考えているのだと
自己分析してみました。

いろいろ組み合わせながら織りかたの試行錯誤などの繰り返しの結果
一つのものにしていくという手段もある。
ふむむむむ、一度聞いてみなければいけないのだ。

織物と一口にいってもいろいろで、マフラーやショール、手袋にひざ掛け、
タペストリーや敷物、それにうたた寝?用、お洒落?用まで各種あるのだ。

 

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マフラー

 


分けてもらった二枚の絹のマフラーは写真のものなのだが、
写真ではなかなか素材感や表情までも伝え切れないのが残念ではあるが、
一枚はラフに紡いだ数種類の糸を裏表色彩を変え編見込んであり、
その糸の太さがと言っていいのか独特の光沢があり、美しい艶を出している。
そして両面の色を見せるように身につけるとなかなかgoodである。
太さ、色、光沢という言葉で表わしたのだが、実際にはそれらが三位一体と
ひとかたまりになったもので認識しているのだろう。

 

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マフラー

 


もう一枚は、細い糸で緻密に編み込んであり、
編み方を説明するのが大変難しいのだが、同系色の二色の色でリブ編みのように
なっていてこのリブがバネの役割をしているので糸の細さとは裏腹に
リュウムのあるテクスチャーとなっている。
また、縦リブの太い部分と細い部分の色を変えてあり、
裏面はその色使いが逆になっていると説明しておこう。
勿論二枚共、どちらが裏でどちらが表ということがなく、
言うまでのこともなく両面みせることでより一層表情に深みを増すのである。
やはり、手間ひまかけ丹念に作られたものは、それだけの成果がでるのは
どの世界も同じなのだろう。建築も時間に左右されることなく
思考錯誤を繰り返していかなければならないのだが、
設計の段階はさることないが如何せん現場は容易くは待ってくれないことが
大々にあるのがやまない。

帰りは、N夫妻が林太郎ともども駅まで歩いて送っていただいた。
ただ坂道が急で、なれないと息切れする。
でも、市内の夜景を見ながら歩くのは気持ちのいいものである。

あ~っと、その日のメニューを書くのを忘れたが、黒豆のみつづけ、
三種の豆とアボガドのサラダ風あえもの、すりおろした山芋の揚げもの、
鰯のつみれのすまし、小芋(煮っころがしを揚げてある)のあんかけ、
ローストビーフ、鯛のこぶ〆酢洗い、ばら寿司、それとサーモンのディル風味
(これは持参品で、kitos というフィンランドパンの店で寒くなる時期に買えます。)
でした。旨いご馳走と、ゆったりとした時間そして楽しい一時をすごし、
待った甲斐があったマフラーを手に帰路についたのである。



 

*****