人と自然と建築と

nonobe's diary

Vol.84「endless thema - 79」(12年12月)

-------終り月/遊び心

 


ルリタテハの幼虫に葉っぱを食い散らかされ少しだけ花芽のついたホトトギスは、
もう秋も終わりという頃にやっと咲き始めた。
ルリタテハが裏庭にやってきたのは九月の終わり頃だったろうか、
もうあれから二ヶ月余が過ぎた。町内会から、石井神社護摩木の申し込みが来た。
「安閑恬静」と心して書いた。
無欲で心穏やかな悟ったように静かな様とでもいったらいいのか、
んんん、こうなる為には精神鍛錬が伴うということは云うまでもないことなのだが・・・。
今年もあっという間に終り月を迎えた。
新年への継き月でもある。
日本海では夜が明ける頃に気嵐がみられるようになったそうだ。

妻が学生時代の友人たちと、神戸にある竹中大工道具館の巡回展
「数寄屋大工」展のイベントワークショップ「唐紙ではがきをつくろう」に参加し、
幾種類もの版木で刷ったはがきを作ってきた。
講師は京からかみの摺り師の本城武男氏で、
高辻の仏光寺近くにある京からかみの「丸二」さんの摺り師である。

唐紙は名の通り中国の唐から伝わってきた。
からかみは平安時代から中世にかけて上流貴族の間で
和歌などを書く為の詠草料紙として使われていた。
京の都では宮廷や公家、社寺、武家と言った貴族文化に浸透し、
中世以降は屏風や襖といったものに使われ始めた。
その後幕府が江戸に移り、時代とともに公家・武士・茶人・
そして町方庶民に親しまれ広く浸透していくことになる。

唐紙は、京からかみと江戸からかみに大別されるそうだが、
粋で多彩なバリエーション豊富な技法の江戸からかみと、
ごまかしのきかないシンプルな技法で洗練された文様の京からかみといった感じであろうか。
「丸二」さんでも天保時代から受け継がれてきた版木を今でも使っていると聞く。

設計という仕事柄、私も唐紙をつかう。
基本となる和紙の紙の色、そして版木の柄と絵具の色を決めていくのがたのしい時間となる。



(一)小桐の文様

写真の(一)は実家の和室に使った小桐紋。
実家の家紋が五三の桐ということもあり、
うす緑色の手漉き和紙に小桐の文様を金色のキラで刷ってもらったもの。



(二)枝桜の文様

(二)奥の間のからかみは枝桜


(三)茶の間側のからかみは丁字形

写真の(二)と(三)は、二間つづきの和室のある住宅
バックナンバーの2007年4月号第16回の庭の話を書いたお宅で、
クライアントとは用があって先立てお会いしたところだが、
原稿を書いてて早いものでもう10年も経ったことを思い出しました。)で、
奥の間には枝桜の文様を、茶の間側は丁字形と呼ばれる文様。
和紙の色は違うがどちらも白の胡粉で刷りあげてある。



(四)瓜の引手のついた

和箪笥の小引き戸には牡丹唐草


(五)瓢箪型の摘みのついた

水やの小扉のは荒磯


写真の(四)と(五)は和箪笥の小扉と水や箪笥の小扉で牡丹唐草と荒磯。
これもどちらも白の胡粉



(六)花兎の文様

写真の(六)は住宅(バックナンバーの2007年5月号第17回に書いたお宅です。)の襖に使った。
たまご色の手漉き和紙に白の胡粉の花兎紋の連続した文様。
襖の縁や引手はもとより、紙の色や柄とその色を楽しみながら選ぶ。
出来上がりは遊び心が増す。
手漉き和紙の上品さと絵具のムラは、手刷りと手彫りの版木ならではの質感で、
絵具ののったそのふっくらとした風合いはゆかしい。

現代の文様として新しいデザインと彫り師による
手彫りの版木を使った唐紙などを制作している人たちも多い。
京都西陣にある「かみ添」さんもその一人と聞く。
シルクスクリーンに依る印刷や機械彫りの版木による
からかみなど現代ではいろいろな手法はあるが、これに頼らぬ唐紙の技術は、
日本各地に現在も残っている。
江戸からかみを始めとした唐紙の技術が、
古今を問わず将来に於いても水際の立つほどに永く継承されてゆく事であろう。

 

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